土曜日
6282008

君の横顔にようがある

「愛を知った乙女の心は、
胸ではなく横顔で鼓動を打つのだそうだ。だから隠せない」―ゴンドアの谷の格言

ニューヨーク の街はその夜、いつ雪が降ってきてもおかしくないくらい凍えていた。
僕は東京の雑誌社からの依頼でミュージシャン・矢野顕子さんのライブ取材を終え、
氷点下のダウンタウンにぽつんと店を開ける
お鮨屋さんのカウンターで遅めの食事をとっていた。
つい先ほどまで観衆の興奮と熱気の中で演奏していた矢野さんの姿が、
テーブルの上の冷ややっこやモロキュウの味噌ダレの上で踊っている。

僕の隣に座りどことなくご機嫌な様子の遠藤大輔は、
数時間前に矢野さんがライブの1曲目に歌った「横顔」を今もまだ口ずさんでいる。
温かいおしぼりで凍えた手を拭きそのまま豪快に顔までゴシゴシとしながら、歌いだしの

「いつか声をかけてくれるかしら あなたの隣に座りたい それだけ
きっとじゃまをしないようにするわ
話を聞かせて欲しいだけ いっしょに」

というところを飽きずにリフレインするのだ。
その横顔は踏み切りのある島の絵を描いて褒められたことで、
勢い余ってグラフィックデザイナーを志すまでに至ってしまった少年時代のように、
どこか得意げで嬉しそうだった。

その夜、ライブ直前の楽屋を訪れた僕は、
矢野さんに「今夜はどうしても「横顔」を歌ってもらえないだろうか」と頼んでいた。
唐突な申し出に矢野さんは「なんでぇ?」と不思議そうな表情を浮かべながら、
同時に「なんか面白そうな話ね」といった感じで僕を見詰め返してきた。
そのいたずらっ子のような瞳が今も忘れられない。

「実は今夜会場に、遠く千葉の女性に恋をしてしまった
哀れな片思い系独身男子が一人紛れ込んでいるんです。
なんでも姉さんの歌う「横顔」が現在の彼のテーマソングなのだそうです」。

僕の説明に矢野さんは笑ってくれたかどうかは正直覚えていない。
でも、数分後、スポットライトの中の彼女は
信じられないくらい温かい声で「横顔」を歌いながらほほえんでいた。
仕事も取材も原稿のことも忘れ、一人心が震えてしまった僕は、
デジカメのシャッターを切る度にピンボケの写真ばかりを撮っていた。

それは片思いの恋に、
面白いように翻弄される大輔への矢野さんからのご褒美であり、
応援歌だったのだと思う。
「世界中のすべての恋が結ばれるわけじゃないけれど、
地球上すべての恋を応援したっていいじゃないか」。
僕は興奮のあまりかなり飛躍したことを口走っていた。

そしてその夜最初の曲はその夜最高の曲になった。

矢野さんが「横顔」を歌ったお陰で頑張れたのか、
はたまた大輔の一途な想いが奇跡を呼んだのか。
あの冬の日に大輔が「いつか声をかけたい」と願っていた夏佳さんと、
二人は本日めでたく結婚するという運びにあいなった。パチ、パチ。

でも僕はあの信じられないくらい寒い夜に、
彼の片思いは成就するんだろうなぁ~と
幾何学的な美しさで僕らを魅了する目の前のお寿司を眺めながら思っていたもんね、
なんて小学生男子みたいなことを言ったりすると、
大きな災害や事件が起きるたびに必ず現れて
「だから言ったでしょ。私はこうなるって知っていましたよ」と
鼻息荒く行政や社会を糾弾する自称専門家みたいで嫌なんだけど、
これは本当なんです信じてください。

だって、遠藤大輔は待っていたんだもの。
そう、そうなんだ。僕が彼の片思いが成就すると思ったのは、
彼が「待っていた」からなんだ。

幸せって回覧板みたいなものだから、待っていれば必ず誰にでも届く。

そう教えてくれた僕の祖母は、
この国で、まだ女性が無学であることがある種の美徳された時代に育った
もう本当にギリギリ最後の世代の人だったけど、
それ以上にとってもお人好しで前向きな女性だった。
だからこそ、本当に不幸なことは自分の順番を待てずに
他人の幸福を羨み妬むことなのだと、
僕の母に教えることができたのだ。

そして祖母の時代よりも、人生に選択肢や可能性を抱いて育った母はというと、
「なかなかまわってこない回覧板なら時には走って迎えに行っちゃってもいいのよ」と
僕ら兄妹に耳打ちしちゃうような人だった。
ちなみに、僕の血の中に色濃く生きる、
無名だが偉大なる二人の女性は共に千葉の港町に生きた人で、
おかげで僕はいまだに千葉の女性には頭が上がらないのであります。もう本当に。

そして大輔が千葉の夏佳さんに一目惚れした春から、
二人の恋が実るまで三年ほどの月日がかかっている。
でも本当のところはね、
二人がそれぞれの人生の中で「幸せの回覧板」を待っていたのは
もっともっと長い期間だったのだ。
そうやって、人は待つことで人として本当に大切なもの、
たとえば相手をいたわる気持ちや誰の心にでも存在する寂しさの意味なんかを、
少しずつ学んでいくのだと思う。

そして待つのが本当に辛くなった時、
夏佳さんは「三人会」で行った「香月」のこってり系ラーメンに喜びを感じ、
大輔は岩さんがにぎる中トロにしばしの幸福を見つけていたのだ。
それってようは、幸せって別に苦しみの反対側にあるわけじゃないってこと。
幸せって、もっと何って言うか、
たとえば熱々のラーメンの湯気立つ向こう側にこそ見つかったりするんですよね、夏佳さん?
辛かったらちょっとくらい生き抜きも必要なんだなぁきっと。

そんなふうに、僕の知っている大輔はずっと幸せの回覧板を待っていた。
そしたら回覧板の代わりに夏佳さんがやってきたのだ。
「ANA ( NH )10 便」に乗って。

きっと、江戸時代でもルネッサンスでも、
幸福はいつだってそんなふうに大きな翼を広げてやってくるのだと思う。
そうやって、幸せはバトンのように人から人へ、
時には国境や海上保安庁の高速巡視船すらも飛び越えて旅をするのだ。
それを世界じゃ「恋のジェット気流」なんて呼ぶのである。

今や、僕の横で「乗れるものならなんにでも乗ってやるぜ」ってくらいにノリノリの大輔は、
鮨屋のカウンターであきずにアッコ姉さんの「横顔」を口ずさんでいる。
そして、その歌詞は実はこんなふうに続くのだ。

「同じテーブルの端で 横顔  みつめているの
大きな声であなたが笑ったらなぜか私も楽しくなる 不思議ね」

夏佳さん。あなたのその恋する横顔を見ていたら、誰だってドキドキしてしまう。
大輔じゃなくたって走って迎えにいきたくなると思う。
今、僕の隣で「横顔」をエンドレスに歌う大輔がやけに楽しそうなのは、
きっと、どこかであなたが笑っているからなのだろう。
大好きな中トロをほお張る彼は、もうすぐしたらきっと君に声をかけるはずだ。
だって彼は、いてもたってもいられないくらい真剣に、
君の横顔に用があるのだから。

そんな二人の幸せが、
いつか回覧板に乗って僕やみんなのもとにも届く日が、
今はただ待ち遠しい。