WEDNESDAY
水曜日, 11月 14, 2007 at 7:23午前 郵便受けには一通の封筒が届いていた。
母が言っていたとおり
宛て先には私の名前がかかれていた。
生まれて初めて
郵便受けが
私宛に届けたくれたおくりもの。
その瞬間、
母が消えてしまって以来、
鼓動することを諦めてしまっていたかのように
ずっと静かだった私の心臓が
思いっきり握られるのを感じた。
それは、あの懐かしい
美しかった母の手のぬくもりだった。
もしかしたら、
無論、これはあくまでも人のいい私の
超善意的な解釈での話しだけど、
その日の
あの「ドキッ」という音と共に
私の心が止まった瞬間こそが、
母が私に残してくれた
ひまわりの種だったのかもしれない。
だって、本物のひまわりの種のかわりに
その封筒の中に入っていたのは、
短い手紙と、
味気ない数枚の書類だけだったのだから。
それは難しい漢字ばかりでうめられていて
到底子供の読める代物ではなかった。
私が叔母の方を見詰めて助けを求めると、
うつむいて苦笑いしている叔母の代わりに、
叔母の隣に座っていた山田さんが説明してくれた。
山田さんは叔母の古い友人で、
仕事が忙しく
ドメスティクな仕事を嫌悪していた叔母のかわりに、
家事全般を世話してくれていた家政婦さんだった。
母が死んで私が初めて叔母の家にやってきた時、
山田さんはものすごく強烈な抱擁で私を迎えてくれた。
山田さんという女性は心に独特の熱さを持った人だった。
毎日、私が郵便受けに母からの贈り物を覗きに行って
何にも入っていないその箱の中に
少しずつ心の一部を置いてくると、
山田さんは何も言わずに私を抱きしめてくれた。
彼女の腕や胸は太陽のように熱かったから、
私の小さな体が
息が出来なくなるほど
力強く抱擁される度に、
私の心はそのまま山田さんの腕の中で
とけてなくなってしまえればと真剣に願った。
私宛に届いた書類に目を通す叔母の前にはアイスコーヒーが、
その叔母を見詰める私の前にはカルピスが、
山田さんの太陽で氷がとけて薄くなって所在なさげに、
暗い私たちの気分を冷たく盛り上げていた。
それから
叔母は大げさなため息を一つついて
テーブルの上のグラスを見つめた。
それは叔母が現実という暗くてだだっ広い戦線から
一人離脱することを私たちに明らかにする時の
いつもの合図のようなものだった。
うつむいて苦笑いしている叔母。
初めて叔母の家にやってきた日以来
山田さんが私を抱きしめる度に、
苦笑いの叔母はその時と同じように
ただ何を見るともなく下を向いていた。
私はといえば、薄くなったアイスコーヒーが
水溜りになって彼女の心を覆っていくのを見詰めている。
やがてその広がりが私の心にも届きそうになると
山田さんが口を開いた。
手紙と書類に書かれていたこと。
それは、私が、
母の母、つまり私の祖母との間に存在する
法的な関係全てを放棄することに
同意するということだった。
私が待ち続けて贈り物を送ってきたのは
母ではなかった。
封筒の裏、
送り主を書き込む欄には、
ひらがな三文字の祖母の名が書かれたいた。
その日、山田さんは誰よりも先に泣いていた。
