和の伝道者その6
土曜日, 3月 3, 2007 at 11:53午前 子供の頃、「これ上手にできたね」とか「すごいすごい」と褒められた経験が誰にでもあるだろう。それは焼きあがったばかりのクッキーかもしれないし、夏休みの読書感想文でもいい。
大人になって、何かの道で自分を信じ進んでいくのに必要なものなどというのは、案外大昔のそんな記憶だったりする。くじけそうになると、おもむろに箪笥の奥から引っ張り出してきては自分を励ます。褒められてしまったのだからしかたがないでしょ、と。
「習字ってどこの学校の授業でもありましたよね。でも、むりやり書かされるうちに子供は嫌いになってもしまう」。
そう述べる書道家の古市氏(38)自身、習字の先生を母に持ちながら、書くのが嫌いな子供だった。
書道の本質は、先人の書いた美しい字を模写することにある。それら個の修練が積み重なって「書く」という行為が洗練され、文化にまで昇華されてきた。
しかし同時に、その重みが大抵の子供たち、そしてアメリカ人にとっては退屈なのだ。
若い書道家は、「だったら、自由に書かせてあげればいい」と考える。基本を教えたら個人の感性で自由に筆を走らせる。誰もが師範になるために書道に関わるのではない。墨の匂いを嗅ぎ、筆を握る感触を楽しんでもらうことがどれだけ贅沢な人生の宝になりえるか。そう考えれば、書道という文化にも違った広がりが見え始める。
そんなことを考える彼女自身、今現在は書道で生計をたてない。会社員として働き、時間を見つけて、書きたいことを書く。
きっかけは、アメリカ人の友人とマンハッタンを歩いていた時。路上で中国書道を書いている人を見かけて「同じかい」と尋ねられ困ってしまった。日本と中国の書道は違うのだが、なにが違うのかを説明しようにも難しい。百聞は一見にしかず。色紙に書いて見せ始めた。
やがて展覧会を開き、ワークショップでアメリカ人に日本の書道を教えるようになる。利益を求めない行為が崇高だ、などとは思わない。ただそれが自分にとっては最も「気持ちの良い活動スタイルだった」だけ。
小学校の六年生だった少女は、力強く書いた「般若心境(はんにゃしんきょう)」で市長賞を受けた。「アメリカの大学で書道を教えたい」と夢を抱く今、若い書道家を支えるのはそんな「楽しい記憶」。なによりもまず、書道は楽しいものだから。
佐藤寛孝 |
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