和の伝道者その5
土曜日, 3月 3, 2007 at 11:41午前 YODOMI CRAFT 棟梁
小林繁
江戸の職人言葉に「芸者の花代」というものがある。
料亭などで芸者をあげると、勘定には必ず芸者に支払う祝儀、「花代」が含まれている。「結構高いな」と思うのだが誰もそんなことは口にしない。納得はしていないが、こんなものだろうと黙って払う。
終わった仕事に100%満足できることはない。悪かった所はいつまでも忘れないで次に進む。そんな時、彼らは自嘲気味に「あの仕事は芸者の花代だった」と言うのだ。そこには、いつだって高みを目指す職人の心意気が含まれている。
「日本の大工にとっちゃ、木に正面から釘やねじを打つのは恥ですよ」。
仕上げにペンキを塗らず木の本来の美しさを表に出す日本家屋では、どうしても必要な技術。大工の棟梁、小林さんは京橋で23年大工をしてから、アメリカへやってきた。見えないところに釘を打ちつづけて56年。修練された技術とはそういうものだ。
アメリカの大工は組み立て、日本の大工は「創る」。大工仕事の根本が違う。
日本の大工技術が日本家屋を造るためだけにあるわけじゃない。洋間にキッチン、トイレだって依頼があれば請ける。時に、腕のいい職人ほどやったことのない仕事を断りやすい。でも、「『できない』をやる前から言う職人はくず。我々はものを『創って』いるのですから」と小林さんは語る。
日本人以外の依頼主は大抵、法外な要求をされるのではと警戒することもある。そんな時は細部まで神経を使った仕事を見せて、信頼を勝ち得るしかない。いつだってまず、仕事が語ってくれる。
集まる弟子も仕事に惹かれてやってくる。国籍の壁を越えた後継者に不足はしない。
自分の技術を惜しげもなく後世に伝え、それがどう発展していくのかとワクワクしながら見守る。「若い世代は、新しい機械を上手に使いますから、私よりもいい仕事をしますよ」と小林さんは嬉しそうに笑う。
「継続は力だ」と世間は言う。大工は何十年、いやもしかしたら何百年と残るかもしれないものを「創る」。だから、「仕事を覚え始めて3年くらいで辞めちゃ、もったいないですよ」と56年目の大工は語る。
仕事は芸者の花代ぐらいの出来がいい。その先にはいつだって「次へ」の意志がある。
佐藤寛孝 |
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