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土曜日
3032007

和の伝道者その3

Facial Index NY (日本・金子眼鏡)
濱口十至幸さん

子供の頃突然視力が落ちて、しぶしぶ町の眼鏡屋さんに連れて行かれた。白い医療用コートに身を包み、黒縁の大きな眼鏡をかけたおばさんに「君にはこれが似合う」と進められて買った眼鏡。子供ながらに「ダサい」と思い、不思議な敗北感に襲われた。

人生でかけた最初で最後の眼鏡の話。

眼鏡は長く医療器具だった。なによりもまず「見えれば」よかったのだ。

「新しい眼鏡をかけて、1週間や1年も経ってから『あれ、眼鏡変えた?』と言われるような眼鏡は売りたくない」

ソーホーの眼鏡屋さん、濱口氏はそう語る。彼は眼鏡をかけていない眼鏡屋だ。

店内に並ぶのは日本から届く自前ブランドの眼鏡たちだけ。畑にできるわけではない眼鏡に「名産地」があるのは不思議に思われるかもしれないが、福井県鯖江市は世界でも指折りの眼鏡産地。数少ない手製眼鏡の職人が暮らす街だ。

人気シリーズ「SPIVVY」や「泰八郎」はそんな職人の伝統技術が生んだ商品ライン。

すばらしい技術はしかし、洗練されたデザインを道しるべにしてこそ、手にとってかけてもらえる。そのための自前のショップ。

ソーホーの店で客の生の声をキャッチして職人に伝える。店に置かれた眼鏡は「手にとって試しにかけてもらいたいから」とガラスケースに入ってない。買ってもらえなくても、どんな人が、どんな眼鏡に惹かれたのか、卸問屋を通していたら職人までは届かなかった情報がここでは手に入る。

そうやって支えてあげることで、無理に残すのではなく、伝統技術が「今」に映える眼鏡へと進化する。

例えば、鼻の高さが違う人々のために造りを細かく調整する。海外で売るのに可燃性の高いセルロイドが使えないと言われれば、違った素材で試行錯誤する。

なによりもまず「自分の眼鏡をかけてもらいたい」。そのためになら、革新的ですらあることをいとわない。本物の職人とは何よりも、使い手に寄り添える人々。

「職人も前に進みたいのです」。そう語る濱口氏のお店には、コンタクトレンズになれた者ですら「眼鏡も悪くないな」と思わせる可能性で溢れていた。

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