和の伝道者その2
土曜日, 3月 3, 2007 at 10:43午前 World of The Geisha 主催者
ヘレン・モスさん
高橋三枝子さん
伊吹香織さん
人生で一度だけ、年下の女性を心から「カッコいい」と思ったことがある。夕立に降られた京都、雨宿りで入った祇園の食事処を出たら、とじた傘を持って駆けている舞子さんにぶつかった。
狭い路上へ急に飛び出した非礼をこちらが詫びる前に、京都の言葉で「大丈夫ですか」と彼女は聞いた。小さな声で「ええ」と答えた僕に、彼女は白塗りの顔でニコリと微笑み、「では」といって去っていった。たったそれだけのことなのだが、終始、その姿が凛としていた。
稽古の帰り、着物姿で街を歩いていたら「『ゲイシャ、ゲイシャ』と言われた」と3人は振り返る。ニューヨークといえども着物姿は目立つ。レストランに入ったら、何を勘違いしたのかアメリカ人男性が隣の席に座ってきたこともある。米国では今でも、「ゲイシャ」と売春婦を混同する人が少なくないのだ。
「私たちは日本舞踊を嗜んでいますが、芸者ではありません。そもそも芸者は売春婦ではありません」。
二つの勘違い。二つの「ありません」。
3人それぞれ、日本舞踊への取り組み方や立場は違えども、踊りが好きでその素晴らしさを知ってもらいたいと願う仲間だ。「伝統芸能である日本舞踊が、アメリカでは新鮮に受け止められる」。
問題は、一般にはびこる勘違い。啓蒙しなければ。
例えば、着物を着てみたいと憧れる人がいるとする。しかし相手は「手ぬぐいとタオルの違いも分からないかもしれない」。彼らに伝えるには、言葉だけでなく、見せて説明してしまえば早い。
芸者と舞踊家の違いもしかりだ。ステージの上でレクチャーをしつつ、違いを見せる。神秘的な「ゲイシャ」という言葉に惹かれてやってきた聴衆の反応が面白い。
ある時、高橋さんが芸者姿の「あやめ浴衣」を踊った。すると、聴衆の一人が「なぜ笑わないのか」と尋ねてきた。日本舞踊ではバレエなどとは異なり、口を閉じて踊るのが基本だから、喜びを表現するのにも笑わない。「でもね、笑わずに喜びを伝えられる踊り手さんもいるんです」と高橋さんは言う。日本舞踊を知らなくても、聴衆は真剣に踊りを見ている。「日々精進しなくちゃ」。
あの日、夕立の上がった祇園の石畳を走っていた舞子さんは今頃、立派な芸子さんになっているのだろう。遠く異国で、芸者と日本舞踊を語る3人。彼女たちは今日も、凛々と踊る。
佐藤寛孝 |
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