第十二章「タキシード姿の博徒」
金曜日, 5月 2, 2008 at 12:05午前 「ジュニアは変わっているよ」 。
キャリーがいつも言っていた。
ジュニアとは誰のことか。
実はキャリーやデネンの弟、つまりフランクの末の息子のことだ。
そう、フランクにはさらにもう一人息子がいたのだ。
その末子の名前が「フランクジュニア」、略して「ジュニア」と呼ばれていた。
「親父もおふくろも変な信仰みたいなものがあって、
自分たちが息子を三人も持つことになるとは考えてもいなかったのさ。
だから生まれてきたのが男の子だと知って、
幾分投げやり気味に自分の名前にジュニアと足してつけたんだよ」
キャリーは真剣にそう分析している。
冗談のようだが、でもフランクならありえそうなのが恐ろしい。
ジュニアはまだ雪を相手に博打を張るよりも
友達と雪合戦でもして遊んでいるほうに興味がある年齢だった。
訊くとまだ十歳だという。
あれは二年目の冬が過ぎて、
キャリーの結婚式があった日の朝の出来事だった。
僕は式に参列するためにキャリーを訪ねて彼の実家であるフランクの家に寄った。
ニュージャージー州の郊外とはいえ
自然に恵まれたあたりに広大な敷地を持つフランクの家は、
「エグゼクティブ」の連中の間では通称「雪かき御殿」と呼ばれている。
なんてことはない、ただ雪で稼いだ金で建てた家だからだ。
その朝、僕は噂の御殿を一度この目で見てやろうと、
わざわざフランクの家に寄ったのである。
「博打打ちが博打で建てた家じゃないか、騒ぐなよ」
しかし物見気分でやってきた僕は、
雪かき御殿の立派さとそれを囲う敷地のあまりの広大さに
普通に感動してしまっていた。
ミイラ取りがミイラを見つけて、ただただ感動してしまったわけだ。
広い庭には馬小屋まであり、
乗馬用の馬が数頭放されていて草を食んでいた。
「これなら戦争に負けるのも仕方がないよな」
かなり意味不明なことまで口走りながら、
「アメリカはやはり広大だった」と僕は一人溜め息までついてしまった。
驚きのあまり僕が口をぽっかり開けたまま、
どうにか気を取り直して車から降りようとした時、
ジュニアがちょうど御殿の玄関から裸足のままで飛び出してきた。
手には馬を打つための鞭を持っていた。
彼は僕に気づかずに敷地内にはしる私道を挟んだ
馬小屋へと駆け込んでいった。
どうやら朝早くから跳馬の訓練でもするようだった。
ちょっと面白そうだったので僕が車の脇で待っていると、
すぐに自分の背丈の何倍もある大きな馬にまたがったジュニアが厩舎から出てきて、
朝靄の残る敷地内を優雅に駆け始めた。
鞭を受けて走る馬は、徐々に汗をかき始め、黒い色に輝きだす。
なんだかそれはとても不思議な光景だった。
早朝まだ六時過ぎ、家の者は誰も眠っている中での光景だからだろうか。
いやそれだけのことでなかった。
黒い馬に乗るジュニアが同じだけ黒い色をした
タキシードに身を包んでいたのが驚きだったのだ。
そして不思議なのは少年がタキシード姿で
朝靄の中を馬に乗る姿が必要以上に様になっていたことだった。
「ジュニアは変わっている」
フランクとキャリーが常々そう言っていたのを僕は思い出していた。
学校の勉強は兄弟のうち誰よりもできるし、運動もよくする。
馬の面倒を見る仕事を与えられたら、
どんなことがあっても自分の仕事をきちんとこなす責任感もあるという。
しかしどんなに周りの大人たちから褒められても、
彼は心から嬉しそうな笑顔を見せることがないのだそうだ。
「変わり者は血筋でしょ」
そう僕がちゃかすと、思いのほか真面目な顔をしたフランクは、
「あの子が不思議なのは、
何が変わっているのかが俺たちにははっきりとはわからないのに、
それでもやはりあの子は
変わっているということだけがはっきりとわかるところなんだ」
などとよくわからないことを口にするくらいだ。
子供の頃には誰にでも多かれ少なかれ
周囲の注意を引こうとして不思議な言動をみせる時がある。
でもタキシード姿のジュニアは
誰かに見てもらうためにそんなことをしているのではなかった。
きっと兄の結婚式の朝、生まれて初めて着たタキシードのままで
馬に乗ってみたかっただけなのだ。
朝っぱらからそんな酔狂なことをしたくなったのだ。
今から数時間もすれば、結婚式でなにかと騒がしくなる前に。
そして、朝靄の中、少年は少年らしく笑っていた。
男というのは不思議な男に惹かれることがある。
僕がフランクの言った「雪の白さは時に俺たちの汚れきった一面だって映しだす」
という言葉に惹かれてしまったように。
そして、フランクは自分の名をつけたこの末っ子に限りなく惹かれているようだ。
「ジュニアの幼いながらの謎めいた行動に、
他人にたやすく笑顔を見せようとしない頑固なところに、
親父のほうが惹かれているんだよ」
キャリー は嬉しそうに、そして少し寂しそうにそう言っていた。
フランクは根っからの博打うちである。
「大バカ者の未来か、大物の未来か。さて、どっちかな?」
キャリーが言うジュニアの将来のどちらに賭けてみたものかと、
思案するのが楽しくてしかたがないとしても不思議ではない。
僕は朝靄の中、少年を眺めながら
人から聞いたフランクの昔話には
ジュニアがもっとも近いのではないだろうかとも考えていた。
そして、いつかタキシード姿で博打を打ちに
雪の世界に入ってくるジュニアの姿を想像してみたりもした。
(続く)
佐藤寛孝 |
Post a Comment | 