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水曜日
11142007

TUESDAY

やがて待っていた時とは少し異なる力が働いて、
私は誘拐犯となった。

世界中でその事実を知っているのは私のみという、
そんな意味のない”事実”のほうに、
待ち疲れてしまった私は魅了されてしまったのかもしれない。
それはきっと自分の心に住む
廃油のように濁った液体の仕業だったのだ。

あの黒く光って隙のないやつ。
雨の日に出来る水溜りのように、
私の心がくもるとあの黒い存在がどんどん大きくなって、
世界を、私を、飲み込んでしまいそうになる。

それはとっても恐ろしい経験だから、
大雨が止みそうになくなると、
例えば母が死んだ午後とか
施設のお兄さんにレイプされそうになった時、
優しかった叔母さんが電車に飛び込んでしまった日でも、
私は無理やり楽しい事を考えて心に大きな太陽を昇らせてきた。

それが生きるためだったのか、
それとももっとほかの何かを守るためだったのか、
そんなことはいつだって私にはわからなかったけど。

母は体が弱かったが、
叔母は心に弱さを持った女性だった。
彼女の心はいつだって、
湖くらいに広がった水溜りで溢れていたのだろう。
だから、叔母の脳は彼女の心に直結していて
叔母が泣いている時は
彼女の心が泣いているときだったのだ。
そしてそんな叔母のもろさは、
私の母にも、祖母にも通じるものだったのかもしれない。
そうやって金太郎飴にみたいに同じ作り笑いの女性が何人か生きて、
今、その先に私がいるのだと思う。

私の祖母は母が父と結婚したことを許さず、
だから二人の間に生まれた私のことも、
認めようとも、愛そうともしなかった。
母が病気で死でしまい、叔母が私を預かった時でさえも、
祖母は私に優しい言葉一つかけることはなかった。

私の母はいつだって謎めいたことを言うのが好きだったけど
母が祖母のことを語るときだけは、
それはほとんど稀なことだったのだけど、
とっても簡単な言葉を使った。
たとえば「おばあちゃんをゆるしてあげてね」だったり
「本当はすてきな人なの。おばあちゃんを愛してあげて」だったり。
そうやって語る母はいつも悲しそうで、
飾らないぶんだけ、
母との約束を守ることは難しそうに思えた。

母は病気がちだったので昼間はいつもベットの中にいた。
みんなは、例えば叔母やかかりつけの先生は、
ベットの中の母はいつも眠っていると言っていた。
でも、私はそんなことはないと知っていた。
だって、夜になると、
母は私をベットに呼んで不思議な話をたくさんしてくれたのだ。
それは、昼間、母が考えた話や母が想像する世界の様子だった。

そして、ある時母は雲を食べ過ぎて飛んでいってしまった
不思議な男の子の話をしてくれた。

男の子にも母親がいたと母は言った。しかも病気がちだと。
やがて男の子の母親は男の子の看病もむなしく
春を迎える前に死んでしまう。

夜、母が咳をする度に
ベットの中で心臓を握られるほどドキッとしていた当時の私に、
母は平気でこんな話をする人だった。
母の心と私の心は生まれた時から繋がっていたから
私が不安で眠れなくなることを母は気づいてたはずなのに・・・。
大好きな人の心配する顔は、なによりも美しいことを
母は知っていたのだろう。

男の子は母親を失ったショックで言葉を捨ててしまう。
彼には母親以外に話をする相手も
話を聞く相手もいなかったのだ。
母親が残した小さなひまわり畑を世話し、
男の子は静に生きていく。
やがて冬が終わり春が来て、その春も過ぎると
成長したひまわりが大きな花を咲かせる季節になった。

しかし、まちにまった夏が’きたのに、太陽は空を覆う大きな雲に隠れたままで、
ひまわりは太陽の行方を失い花を開くことができないでいる。
所在なさげに下を向くひまりで小さな畑はいっぱいだった。

母親が愛し、そして残したひまわりを見たい一心の男の子は
毎晩、朝が来る前の数時間、
必死で大きな雲を食べ続けた。
小さな体で、夜空いっぱいの雲を食べ続けたのだ。
やがて、男の子の努力の甲斐がむくわれ
雲は晴れ、朝日が顔を出した。

そして雲を食べ過ぎた男の子は飛んでいってしまう。

母の話はそこで終わった。

幼かった私は、いつものように、
不思議でしかたがなくて、慌てるように母に尋ねた。
母親を失い言葉もなくした男の子は可哀想だったの?
それとも幸せだったの。
そして男の子はどこへ飛んでいってしまったの、と。

すると母はちょっと考えるしぐさをしてから、
自分にもわからないと言った。

ただ、空を飛びながら、
太陽に向かって咲くひまわりには出会えたと思うわ、と笑った。

そして自分が死んだら私に何を残そうかしらと、
私の小さな心臓が止まるようなことを言った。
その瞬間は、二人にとって永遠に感じられるほど怖いもののはずだったのに、
母はなぜか楽しそうに笑っていた。
それから、母は私を抱きしめて耳元でこうささやいた。

「ママが死んだら、毎日郵便受けを確認しないさい。
目をつぶって、左手で中を探るの。
ひまわり畑よりも素敵なものをおくるから」

母が死んだのはそれからまもなく、
雲を食べた男の子の母親と同じ、冬だった。

私はそれから、母の謎めいたメッセージを信じ
毎日、郵便受けに手を突っ込んであさった。
例え今日そこには何もなかったとしても、
私は母から届くなにかをこの手につかむまで
母の死を嘆く涙も流せないでいたのだ。

やがて、春が過ぎ、夏が来て、
幼い私が待つことを諦めた頃に、
それは届いた。

Reader Comments (1)

小さいころ家で母の帰りを待つ秋の夕ぐれは、終らない闇のような時間だった。
お互い大人になった今では、メール一つで安心した気分になっている。

でもね、あんなに不安で苦しかったのに、
時々なぜかあの頃に帰りたくなるんです。
いつまでも待ち続けることがしたくなるんです。

>大好きな人の心配する顔は、なによりも美しい
この一言に胸を締めつけられる想いがしました。

11月 16, 2007 | Registered Commenter濱地 絵里

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