親指
木曜日, 6月 12, 2008 at 2:33午後 昨日の夕方、近所の住宅街を左に曲がったら
大きなランドセルを背負った女の子が
泣きながら歩いてきた。
「どうしたの?」
僕と一緒に歩いていた友達が立ち止まって声をかけた。
しゃくりを上げながらその子は、
不審そうに僕たちを見ていたが、やがて後ろの方を指さした。
遠くの方に学校帰りの子供ら四~五人が、
たむろしているのが見えた。
上級生にでもいじめられたのだろうか。
「おにいちゃんたちが見ていて上げるから、
泣かないでお家に帰りな」
と元気付けた。
しかし、その子は、
「ママが死んじゃうの」といったのである。
母の悲報をうけ、急ぎ下校中の子なのだろうか。
こんな小さな子が、と思った瞬間、
「おじさん、こうやらないとママ、死んじゃうの?」
といいながら、その子は両手の指を握って見せたのである。
何のことだか、直にはわからなかった。
「それ、何なの?」
友人が優しく尋ねてみた。
その子の説明では、中々理解できなかったが、
どうやら救急車を見たら、
四本の指で親指を隠すように握りこぶしをつくらないと、
親が死んでしまうという意味らしかった。
子供の世界の迷信のような遊びのような風習であろうが、
子が親を思う気持ちがほのぼのと感じられ、
近頃にしては心温まる気がした。
その子はそうした動作をしらなかったため
きっと上級生たちに、
親指を隠さなかったから
お前のママは死んじゃうぞと驚かされたのだろう。
「大丈夫。ママは死なないよ。」
そういって頭を撫でて、僕らは立ち去った。
迷信とはいえ、子供らの仕草はいじらしかった。
そういえば、僕の田舎にも
霊柩車を見たら親指を隠すという
子供たちの迷信があったことを久しぶりに思い出した。
金属バットで子が親を殴り殺し
子が親に暴力をふるう。
そんな事件がメディアで頻繁に取り上げられていて
どうにもやりきれない気持ちになる。
親の子を思う気持ちが、子に伝わらなくなっているのだろうか。
どこかでなにかが、かみあわなくなっている。
使い古された言葉だけれど、
愛情とか人情と言ったものが薄くなっているかもしれない。
昔、まだ僕が小さかった頃、母は毎年夏になると
実家がある千葉の漁師町に子供たちを連れて帰郷した。
海で泳いだり、魚を釣るくらいしか娯楽のない小さな町だったが、
時々、歳の離れた従兄弟のお兄さんが
自分のアルバイト先の映画館につれていってくれた。
その古くて小さい映画館では時々芝居がかかった。
出しものは大抵が時代劇の人情もの。
満員とはいかないが、それでも芝居の夜には
お客さんがよくはいっていた。
僕は大好きだったレモン牛乳のパックとお菓子のふくろを抱えて
一番前の席に座って芝居を見ていた。
その夜も親分が大勢の子分を引き連れて登場してきた。
借金の形にいやがる美人の娘を無理やり連れ去ろうと、
病床にある父親をいじめるのである。
娘は父親をかばい、父親は娘をかばうが窮地に追い詰められ
やがてどうしようもない場面になってしまう。
そのときである。
観客席から、漁師姿のおじさんが長靴のまま舞台に上がっていったのだ。
「いいかげんしろ!この野郎。一体いくらだせばいいんだ」
酒の勢いもあって、おじさんは懐に両手を突っ込んだ姿で
悪玉の親分の前に立ちはだかったのである。
「かわいそうで、みてられねぇ!!」
このハプニングに劇場は、拍手と喝采が湧き上がった。
座長だったか支配人だったかは忘れたが慌てて飛び出してきて、
「これは芝居ですから」とその場を納めるのに必死そうだった。
そんなに遠くない昔、こういう大人が僕らの社会にもいたのである。
三十を超えて、年金暮らしの親に小遣いをねだり、
もらえなければ家に火をつけると暴れだし、
石油ストーブを倒したり、母親を殴る蹴る。
見かねた父親が電気コードで首を絞め、
わが子を殺してしまった。
学校や会社では人間関係に上手くなじめず、
家庭内での暴力は高校時代からつづいていたという。
その息子も幼い頃、霊柩車や救急車を見て親指を隠していたのだろうか。
