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<!--Generated by Squarespace Site Server v5.11.81 (http://www.squarespace.com/) on Sat, 18 Feb 2012 02:29:54 GMT--><rss xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/" xmlns:itunes="http://www.itunes.com/dtds/podcast-1.0.dtd" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" version="2.0"><channel><title>どらやき六つ</title><link>http://www.creative-platform.com/sono6/</link><description></description><lastBuildDate>Thu, 28 Feb 2008 21:56:04 +0000</lastBuildDate><copyright></copyright><language>ja-JP</language><generator>Squarespace Site Server v5.11.81 (http://www.squarespace.com/)</generator><item><title>幸せのお裾分け</title><dc:creator>佐藤寛孝</dc:creator><pubDate>Sun, 11 Feb 2007 04:37:17 +0000</pubDate><link>http://www.creative-platform.com/sono6/2007/2/11/645259355519.html</link><guid isPermaLink="false">124297:1115342:908827</guid><description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0" style="width: 653px;"><tbody><tr><td class="etBody" style="text-align: left;"><div class="Posi">東京の三軒茶屋という街に暮らしていたことがある。<br /><br />宇都宮の高校を卒業し、すぐに上京して住んだ街。<br />人生最初で最後の一人暮らしをしたのが三軒茶屋だった。<br /><br />民家の離れを改造した木造一軒家。<br />二階の角部屋で六畳一間トイレ付、<br />風炉無しのボロアパートは家賃３万円だった。<br />通りに面する一階には、汚いインド料理屋が店を開いていた。<br />そのため、二階の店子は僕を除いて全てが<br />冴えないその店のインド人のスタッフたちだった。<br />深夜営業のレストランで働き、昼過ぎまで寝ている彼ら。<br />そして僕の隣の部屋からはいつも<br />なぜか宇多田ヒカルのヒット曲が流れていた。<br /><br />ある夜、僕は仕事が遅くなって終電を逃したことがあった。<br />始発までは２時間ほど。ついていないことに、<br />深夜営業のカラオケボックスで時間を潰すにも<br />タクシーに乗って帰るにも持ち合わせが足りなかった。<br /><br />泊り込み、徹夜の企画書き、<br />赤坂に六本木での付き合い酒。<br />久しぶりにすべてから解放されて家へ帰れる。<br />何があるわけでも、誰かが待っているわけでもないが、<br />それでも我が家へ数日ぶりに帰れるのは嬉しかった。<br />東京で、慣れない仕事や<br />別れた昔の恋人との関係にうんざりしていた時期だった。<br /><br />しかたがなく、僕はトボトボと夜の２４６を<br />渋谷からアパートまで歩くことにした。<br />正確な距離は分からないが、<br />当時乗っていた単車を飛ばせば<br />１０分も掛からない距離だったから、<br />酔っていても歩けない距離ではないと思ったのだ。<br />それに歩いている方が、<br />どこかで時間を潰しているよりましな気がした。<br /><br />どれくらいの時間がかかっただろうか。</div><div class="Posi">家に着いた頃にはうっすらと朝日が見えていた気がする。<br />軋む急な階段を上り、鍵を開けて部屋の扉を開ければ、<br />数日前の朝、寝坊して慌てて出て行った時と<br />変わらない状態の六畳一間が覗く。<br />敷きっ放しの布団に倒れこむように一直線。<br />枕元にあるリモコンを手に取り<br />民放の朝の情報番組で<br />今から自分が寝て過ごそうとしている一日の天気を調べた。<br />晴れない心を抱えて寝ているだけの一日でも、<br />太陽くらいは出ていて欲しかった。<br /><br />「トントントン」<br /><br />目下可愛いだけが売りの新人アナウンサーが、<br />慣れない口調で東京の天気を伝えている声に<br />薄れ行く記憶の中で耳を傾けていたら、<br />誰かが僕の部屋をノックした。<br /><br />こんな早朝から誰だろうか。</div><div class="Posi">近所付き合いなどほとんど皆無の</div><div class="Posi">地方出身の若者が暮らす部屋を<br />朝から訪ねる人はそうはいない。<br />家賃ならば珍しくその月は期限どおりに払っていたし、<br />大学に通う別れたばかりの恋人は</div><div class="Posi">期末試験前で僕とのごたごたした関係よりも</div><div class="Posi">アメリカ文学の課題提出に必死のはずだった。<br />まさか、以前お茶をぶっかけて帰らせた<br />新聞の勧誘屋の兄ちゃんが、<br />火傷の慰謝料でも求めて<br />弁護士を送り込んできたのではあるまいか。<br /><br />どちらにしても、こんな朝から</div><div class="Posi">人の家を訪れる相手が常識を持ち合わせた、<br />幸福の使者とは思えない。<br />無視してしまおかと思案していたら、</div><div class="Posi">二度目のノックがあり、<br />続いて外国人特有のイントネーションで<br />「スミマセン」という声が聞えてきた。<br />片言の日本語を話す弁護士はさすがにいないだろう。<br /><br />好奇心が眠気を飛び越えてしまった僕は、<br />テレビを消して立ち上がり、<br />初めから鍵など閉まっていなかった薄っぺらの扉を開けた。</div><div class="Posi">そこには、一階の店のウェイターが着る</div><div class="Posi">エプロンを身に着けたインド人らしき男性が、<br />大きなダンボールを重たそうに抱えながら<br />直立姿勢で立っていた。<br /><br />隣の住人さんなのだろうな、と僕は思った。</div><div class="Posi">しかし、彼とは話したことはおろか、<br />ほとんど見かけたこともない。</div><div class="Posi">そんな相手に僕は上手く挨拶ができず、</div><div class="Posi">彼の目を訝しむように見つめてしまった。<br />すると彼は、抱えていたダンボールを<br />僕のほうにゆっくりと差し出しながら<br />早口の英語で何かをいった。</div><div class="Posi">彼の喋ったのがなんとか英語だと理解できたのは、<br />中学校で習った「this」という単語を<br />かろうじて聞き取れたからだ。<br />正確な言葉は分からなかったが、<br />彼がそのダンボールを僕に渡そうとしているのは</div><div class="Posi">ジェスチャーで伝わった。<br /><br />「あっどうも」<br /><br />栃木弁しか喋れなかった僕は、</div><div class="Posi">当たり前のように日本語で答える。<br /><br />僕はダンボールを受け取って、<br />そこに張られていた宅急便の宛名書きで</div><div class="Posi">珍しい来訪者の意図が分かった。</div><div class="Posi">ダンボールには田舎の母の懐かしい文字で、<br />僕の名前とアパートの住所が書かれていた。<br />どうやら彼は、僕宛の荷物を預かってくれていたようだ。<br /><br />めったに電話をかけても来ず、<br />実の姉に娘が生まれても</div><div class="Posi">顔を見に帰ってくることもない親不孝な息子に、<br />田舎の母親はしょっちゅう荷物を送ってきた。<br />中にはきまって日用品が詰まっていた。<br />それらの大半は東京でだって買える代物だった。</div><div class="Posi">それでも、近所のスーパーで安売りしていたからとか、</div><div class="Posi">九州の祖父母から届いたお米だからといっては<br />ダンボールに荷物をつめて送ってくる。<br />ありがたいのだが、東京で金銭的にも精神的にも</div><div class="Posi">とにかく自立するために必死こいて生きていた僕には、</div><div class="Posi">そんな母親の優しさが、</div><div class="Posi">今の自分が一生懸命築こうとしているものを<br />根底から破壊しそうで鬱陶しくもあった。<br /><br />気がつくと少し手持ち無沙汰の様子の来客は、</div><div class="Posi">今度は僕に謝るように何度も頭を下げはじめた。</div><div class="Posi">配達日のところを指差していた。</div><div class="Posi">どうやら、本来は二日前に配達されていたものなのだが、<br />僕に渡すのが遅くなって申し訳なかったと</div><div class="Posi">彼はいっているようだった。<br /><br />仕事で家を開けて</div><div class="Posi">荷物を預かっていただいたのはこちらの方だ。<br />だいたい宅配便を送ったということを</div><div class="Posi">伝えようとした実家からの電話に、<br />忙しいからとこたえずにいたのは僕の問題だった。<br /><br />僕は東京でいきがってわがままに生きているだけの<br />幼い自分がなんだか無性に恥ずかしくなって、<br />頭を下げる彼に向かって、一緒に何度も頭を下げていた。<br /><br />「すみませんでした。すみませんでした」と。<br /><br />彼はやがて自分の部屋に戻っていた。<br />扉が閉まる音がして、<br />少し経ってから宇多田ヒカルの<br />ファーストアルバムの一番目の曲が聴こえてきた。<br /><br />「クール宅急便」とシールの張られたダンボールの中には、<br />四つの大きなメロンが入っていた。</div><div class="Posi">お互いに傷をつけないようにと<br />母が空いたスペースに挟み込んだ二週間前の新聞を取り外し、</div><div class="Posi">それを両手で挟むようにしてしわを伸ばしてから、<br />端から端までゆっくりと読んだ。それは社会面の記事だった。<br /><br />一人暮らしのアパート。<br />ビールにおつまみ、買いすぎたコンビニの弁当くらいしか</div><div class="Posi">入れるものなどない小さな冷蔵庫に、<br />メロンが四つも入るはずはなかった。<br /><br />ちょうど今日明日が食べごろの<br />熟れたメロンを腐らせるのは忍びない。</div><div class="Posi">二つのメロンを抱えた僕は、</div><div class="Posi">裸足のまま部屋を出て、<br />相変わらず宇多田ヒカルのヒット曲が流れ続けている</div><div class="Posi">隣の部屋の前にメロンを置いた。</div><div class="Posi">それから二三度扉をノックして自分の部屋に戻った。</div><div class="Posi">息を殺して先ほどの彼の部屋の物音に耳を立てた。</div><div class="Posi">音楽が一度止まり、<br />彼がドアを開ける音がして少したってから、<br />さっきよりも少し大きな音で音楽が流れ始めた。<br /><br />東京で他人と本当に心が通じたと思ったのは、<br />「ありがとう」なんていわれたら</div><div class="Posi">こっ恥ずかしくてたまらない年頃だった僕の気持ちを、<br />大人な彼が汲んでくれたのがわかった<br />その時が初めてだったかもしれない。<br /><br />人からもらった物や利益の一部を</div><div class="Posi">他人に分けることを「お裾分け」という。<br />「裾」は、物の端、端っこの一部分の意味からきているらしい。<br />自分で望んだ結果とはいえ、<br />僕は今だに大して金になりもしない文章を書いている。</div><div class="Posi">想像力を掻き立てられ、ドキドキと期待を抱かせる、</div><div class="Posi">そんな文章を書けたら素晴らしい。<br />いつだって不幸よりも、幸福をお裾分けしたい。<br /></div><!--
       <rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"   xmlns:trackback="http://madskills.com/public/xml/rss/module/trackback/"   xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"> <rdf:Description   rdf:about="http://blog.goo.ne.jp/dataman/e/5944485dca74281a35c95ac613a8057d"   trackback:ping="http://blog.goo.ne.jp/tbinterface/5944485dca74281a35c95ac613a8057d/64"   dc:title="裏、デザインのビジネス"   dc:date="2006-05-21T13:35:12+09:00"   dc:description="　　　　　　　　　　　　「幸せのお裾分け」    東京の三軒茶屋という街に暮らしていたことがある。  宇都宮の高校を卒業し、すぐに上京して住んだ街。人生最初で最後の一人暮らしをしたのが三軒茶屋だった。  民家の離れを改造した木造一軒家。二階の角部屋で六畳一間トイレ付、風炉無しのボロアパートは家賃３万円だった。通りに面する一階には、汚いインド料理屋が店を開いていた。そのため、二階の店子は僕を除いて全"   dc:identifier="http://blog.goo.ne.jp/dataman/e/5944485dca74281a35c95ac613a8057d" /> </rdf:RDF> --></td></tr><tr><td><img style="width: 1px; height: 18px;" alt="" src="http://www.creative-platform.com/images/clear.gif" /></td></tr></tbody></table>（裏、デザインのビジネス・終わり）
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