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<!--Generated by Squarespace Site Server v5.11.81 (http://www.squarespace.com/) on Sat, 18 Feb 2012 02:30:12 GMT--><rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns:rss="http://purl.org/rss/1.0/" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/" xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"><rss:channel rdf:about="http://www.creative-platform.com/sono2/"><rss:title>どらやき二つ</rss:title><rss:link>http://www.creative-platform.com/sono2/</rss:link><rss:description></rss:description><dc:language>ja-JP</dc:language><dc:date>2012-02-18T02:30:12Z</dc:date><admin:generatorAgent rdf:resource="http://www.squarespace.com/">Squarespace Site Server v5.11.81 (http://www.squarespace.com/)</admin:generatorAgent><rss:items><rdf:Seq><rdf:li rdf:resource="http://www.creative-platform.com/sono2/2007/2/11/632639210404.html"/></rdf:Seq></rss:items></rss:channel><rss:item rdf:about="http://www.creative-platform.com/sono2/2007/2/11/632639210404.html"><rss:title>どらやき二つ</rss:title><rss:link>http://www.creative-platform.com/sono2/2007/2/11/632639210404.html</rss:link><dc:creator>佐藤寛孝</dc:creator><dc:date>2007-02-11T04:22:51Z</dc:date><dc:subject></dc:subject><content:encoded><![CDATA[<p>大好きな落語の演目に「こほめ（子褒め）」というのがある。筋は至極分かりやすく、前座の定番の噺だ。<br /><br />人を褒めると酒をご馳走になれると知った熊さん（古典落語の世界にはやたらとこのおっちょこちょいの「熊さん」が出てきて笑いを誘う）が登場するが、隠居に世辞の言い方を教えてもらいさっそく試してみようとする。知り合いの番頭さんの年を若く言って気分良くしようとするのだが、かえって年を多くしてしまい失敗。そこで赤ん坊ならうまく行くだろうと、同じ長屋の住人の家に生まれた赤ん坊を褒めに行くことに&hellip;。そんな噺だ。<br /><br />なにを隠そう僕自身も褒められると調子に乗って気前のいいことを言ったり、気が大きくなってできないことに挑戦したりしてしまうたちである。褒め殺しにあって痛い目に遭ったことも多々あるのもこのおっちょこちょいな性格のためだろう。その逆に、人を褒めようとして取り返しのつかないことになったことも、少なくない。<br /><br />小学校高学年の頃の話だ。好きだった女の子が習字のコンクールで金賞をとったことがあった。僕とその子はクラスが違かったため、普段は中々接する機会がなかった。　唯一、僕が彼女と喋ることができたのは、全然関心などないのに彼女が入ったから追っかけで僕も入った「縄文土器クラブ」の活動の時、週の２時間だけであった。<br /><br />しかし会話といっても、縄文時代の人々の生活様式は弥生時代になると微妙に変わっていくのが近畿飛鳥で発掘された数々の土器を詳しく観察すると「本当によく分かるようね」、とかいったジェンジェン雰囲気の出ない会話だったのだ。</p>
<p>これではどんな恋の展開が望めただろうか？本当によく分かりたいのは君のことなのに&hellip;と僕はなんど教室の隅に飾られた複製の土器を壊してやろうかという衝動に駆られただろう。<br /><br />彼女は真剣に、古代史が大好きで、僕はただただ、だらしのない他称「歴史大好き」の少年だった。</p>
<p>だから、彼女が習字のコンクールで賞をとったと聞いたとき、僕は、これは気の利いたことを言って一気にお近づきになれるチャンスではないかと真剣に考えた。善は急げということで、金賞をとった作品が掛けられているという校長室の前に向かったのだ。すると、あるではないか、大きな文字で「高床式」と書かれた作品が。</p>
<p>恋は人を盲目にすると言う。先人の言葉だが、僕だって少しは恋の世界の盲目の住人になりたかった。<br /><br />それなのに、「しかし」と僕は思ってしまった。<br /><br />なぜ、小学生の習字コンクールで「高床式」なのだろうか。こういう青少年少女全員参加型イベントでは普通、「夕日」とか「夏休み」とか「大空」とか、なんというか、こう曖昧だが夢のありそうな言葉を子供は筆にのせて表現するのではないだろうか？<br /><br />「高床式」にどんな未来への広がりが感じられるというのだろうか。広がるといえば、「高床式&hellip;住居」くらいである。ものすごく過去志向じゃないか。「食料の貯蔵設備のなかった時代だから、ねずみや虫が入ってこないように高床式の住居が造られたんだね～」って、そんなこと小学生は気にするわけがない。<br /><br />どこのどんな審査委員が、堂々と力強く書かれた「高床式」の文字に金賞をあげるのだろうか。この作品に相応しいのは「アイディア賞」の方だったはずだ。僕は一人、校長室の前で、大好きな子が書いたすばらしく雄大な「高床式」の文字を眺めながら、自分がどれほど身の丈にあわない恋をしていたのかということを思い知らされたような気がしていた。そんな僕に、褒め言葉などとういて思い浮かぶはずがなかった。<br /><br />これが、笑えない、僕の初恋である。<br /><br />さて、前述した落語の噺だが、最終的にはこんな落ちがつく。褒めるつもりで出向いた先でも、おっちょこちょいの熊さんはやっぱり、逆にさんざんけなしてしまう。しまいには、「かわいい赤ん坊だな。いくつだ」と尋ねても、赤ん坊はその日生まれたばかり。「まだ一つにきまっているじゃないか」と言われてしまう。そこで、「一つにしちゃ、お若くみえる。どう見てもタダだ」と褒め落とす。<br /><br />願わくは、冗談でも、褒められる人生の方がいいと思う。</p>
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