土曜日
2102007

どらやき一つ

 
「裏、デザインのビジネス」


「クレオパトラの鼻がもっと短かったなら、
大地の全表面は変わっていただろう」と言ったのは
17世紀のフランスの思想家で、
さらに数学者に物理学者でもあったブレーズ・パスカルだった。
 
べつに少ない知識をひけらかそうというわけじゃない。
だいたい、文科系の僕がパスカルについて
知っているのにはそれなりの理由がある。
 
僕が初めて雑誌で記事を書いた数年前の話しだ。
原稿用紙にして、たかだか5ページ程度の記事のために
僕はなんと1月以上もの取材をしていた。
人に話を聞くという行為に魅了され、
軽く踊らされていたのだ。
 
聞きたい人には可能な限りすべて話を聞くという、
およそ忙しい週刊誌の記者とは思えない
スタイルでの長い取材が終わり、
「さてそろそろ書こう」と思い机に向かった。
これだけの膨大な情報や心に響く言葉があるのだ、
数ページの原稿を書くなんて容易いと思っていた。
実際、草稿は直ぐに書けた。
しかも、案外悪くないなと思う出来だった。
自分の取材の仕方は間違っていなかったのだ、
と自信すらわいてきた。

しかし、僕が書き上げたのは30ページの原稿だった。
予定の6倍、文学誌の連載原稿ならともかく、
ルポ原稿では書きすぎもいいところだった。
当然のごとく、編集者からは『大幅に削れ』との御達し。

ページと原稿量の指定が原則の家業である。
「やれやれ」と思いながらもそこから
超大作にまでになってしまった原稿との格闘が始まった。
その作業の中で、「切る」のは足すより難しいという
あたりまえの事実に気がつかされた。
 
取材ノートの中の言葉の全てが
僕にとっては愛おしい宝物ようだった。
それらに、伝えるという目的のために
優越をつけてそぎ落としていく。
胃が痛くなるような作業だった。
そして、この仕事の本当の難しさを少しだけ知った気もした。
 
やがて長く辛い作業が、
プロの編集者の経験で加速されて終わってから、
お世話になった編集者の方が飲みに連れていってくれた。
その時、前述したパスカルが
友人に書いた手紙の冒頭の話を聞いた。

“I am sorry for the length of my letter,
but I had not the time to write a short one.”

デザインの世界でもデザイナーの仕事とは、
作ることが半分、そして作ったものを評価することだそうだ。
そして、プロの書くという行為も、
削るという名の評価ができて一仕事ということになる。
(この原稿はこちらのための叩き台として書かれました)