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<!--Generated by Squarespace Site Server v5.11.5 (http://www.squarespace.com/) on Fri, 30 Jul 2010 18:20:34 GMT--><feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>しおり製作所</title><subtitle>しおり製作所</subtitle><id>http://www.creative-platform.com/shiori/</id><link rel="alternate" type="application/xhtml+xml" href="http://www.creative-platform.com/shiori/"/><link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.creative-platform.com/shiori/atom.xml"/><updated>2010-06-21T00:15:18Z</updated><generator uri="http://www.squarespace.com/" version="Squarespace Site Server v5.11.5 (http://www.squarespace.com/)">Squarespace</generator><entry><title>同世代</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2010/6/21/358732139829.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2010/6/21/358732139829.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2010-06-21T00:02:58Z</published><updated>2010-06-21T00:02:58Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>さっき朝のNHKで、<br />春の異常気象のせいで今年の果物が不作になりそうだと言っていました。<br />確かに4月の寒さは異常だったから<br />そりゃ～大地の恵みさん方には影響力絶大でしょ～っと高をくくっていたら<br />自分にボディーブローのように効いていたことが分かりました。<br /><br />４月にひいた風邪は熱がひいても咳だけ残り<br />いつまでたっても治りません。<br />５月のある雨の日、外出先で咳がとまらなくなってしまい<br />軽い酸欠状態に。<br />あわてて近所のクリニックに駆け込む羽目になりました。<br /><br />風邪だと思い込んでいた僕に<br />同年代の若い医師は「喘息ですね」の一言。<br />そのまま血中の酸素濃度を測り、<br />採血をされてから気管支拡張剤の入った点滴を一本打たれました。<br />「同時に吸入もやりましょう」と言った仕事の早いこれまた同い年くらいの看護士さん。<br /><br />あっという間に処置を受けることに。<br />左手に繋がる管を流れる水滴を眺めながら<br />「なんだか病人みたいですね」と少し自嘲気味に僕はつぶやきました。<br />だって、健康だけはとりえだと思ってきたんですから。<br />白く清潔なタオルの上に<br />なんだか用途のよくわからない器具を並べていた彼女はこちらを振り向き<br />「佐藤さん。十分病人ですよ」と優しく答えてくれました。<br /><br />せめてもの救いは、同世代の彼女が少し笑ってくれたことでしょうか。</p>
]]></content></entry><entry><title>いま、今川焼きがいいの</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2009/9/21/758254017348.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2009/9/21/758254017348.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-09-22T03:19:01Z</published><updated>2009-09-22T03:19:01Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p><span class="full-image-block ssNonEditable"><span><img src="http://www.creative-platform.com/storage/hiro-image/I.jpg?__SQUARESPACE_CACHEVERSION=1253592823191" alt="" /></span></span><br /><br />つまり、朝からずっと今川焼きが食べたかったってことなの。<br />なんでいきなりオカマ口調なのかってことはいったん置いといて<br />今川焼きが食べたかったのよ。<br /><br />ほら今日ってシルバーウィークじゃない。<br />シルバーってださいネーミングよね。<br />なんでシルバーなのかって、あまりにもまっとうすぎる理由が準備されてて<br />ぜんぜんワクワクしないっつうの。<br /><br />そんなことはされおきよ。いまは今川焼きよ。<br />連休に入ったばっかりのころから<br />なんか甘いものが食べたいなぁって思ってたのね、わたし。<br />それで今朝、閑散としたジムで走っていたら<br />答えがとつぜん分かっちゃったわけ。<br /><br />「あっ今川焼きだ」って。<br /><br />わかっちゃうとさ、案外あっさりしたもんで<br />今川焼きなら「つぶ」でも「こし」でも「しろ」でもいいぃってかんじね。<br />ダンベルの上げ下げの途中で今川焼きのこと想いつつ。<br />腹筋、背筋、今川焼きよ。<br /><br />もちろん買って帰ったわよ。<br />つぶを二つほど。<br /><br />そのときの気持ちですって？<br />そりゃー有頂天よ。まさに天にも昇る今川焼きってのはこのことよね。<br />ママチャリごと空飛ぶんじゃないかって疑ったわね、正直。ETよET。<br /><br />家について、お茶をいれてね頂こうかしらって思ったら<br />テーブルの上にチョココロネが二つ置いてあったのよ。<br />「男ならこれを食べなさい！一つだけよ」って雰囲気につつまれて。<br />きっと同居している姉が買ってきてくれたのね。<br /><br />右手に今川焼き。こっちはまだまだ熱々よ。<br />そして左手にはチョココロネ。<br />近所じゃちょいと有名なパン屋さんの絶品よねこっちは。<br /><br />私ね、ダイエット現在進行形だけど<br />今日はいいやって、両方食べたの。今川焼きとチョココロネ。<br /><br />そしたら気づいちゃった。<br />チョココロネほうが今川焼きより<br />人を幸せにするんだってことに。<br /><br />すっごい事実じゃない？<br />私、今日は本当に冴えてるわ。<br /><br /></p>
]]></content></entry><entry><title>息子ドラえもん</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2009/5/31/362133992718.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2009/5/31/362133992718.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-05-31T01:08:09Z</published><updated>2009-05-31T01:08:09Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>久しぶりに、田舎の母と電話で喋っていたら<br />先日母がTVで見たという<br />「青山のお店で、アロマピー効果のある<br />（アロマセラピーと言いたかったらしいが昭和２０年世代は横文字が苦手である）<br />キャンドルなんだけど。<br />天然成分で作られてるから<br />溶けた後に肌にぬったりできるっていうのが売ってるんだって。<br />でもキャンドルなんだって。<br />すっごくいいなぁ～って思って、それが欲しいの」だと言う。<br /><br />母は最近、いい香りのするキャンドルにはまっている<br />という噂を姉から聞いていたので<br />こういう突然のジャブ程度で僕は驚かない。<br /><br />お店の名前とか商品名とか書き取ったのと聞くと、<br />「ほら、TVの情報って速いから・・・」と言う。<br /><br />ようは「青山で売っているちょっと変わったキャンドル」という情報ONLYらしい。<br /><br />「そんなんじゃ見つかるかわかんないなぁ」とつぶやく僕に<br />母の声を偽ったのび太君は堂々とこう言った。<br /><br />「ほら、あなたコンピューターとかやってるんだから<br />こちょこちょって調べたらわかるでしょ！」<br /><br /><br />なんでもかんでも、無理難題を頼られるドラえもん。<br />君のちょっぴり嬉しくて、<br />でもかなり面倒くさい、<br />そんな複雑な気分がちょっとわかった気がしたよ。</p>
]]></content></entry><entry><title>忘れたり、思い出したり。</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2009/4/8/393196183936.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2009/4/8/393196183936.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-04-08T22:25:22Z</published><updated>2009-04-08T22:25:22Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>前の晩から花粉症の症状がひどく<br />昨日はマスクをして仕事にでかけました。<br />微熱に一日ずっとフラフラ、<br />気分もすぐれませんでした。<br /><br />夜、帰りの電車の中で<br />ボーっとしていて気が付きました。<br />マスクの匂いをかぐと<br />子供の頃の給食当番を思い出すなぁ～と。<br /><br />そしてこんなことを思いました。<br />大好きなあの子はマスクの匂いに<br />どんな昔を思い出すのだろうか。<br /><br />ポケットの中の右手が携帯を握り、<br />一瞬、メールを打とうか迷って<br />やっぱりやめました。<br />次に会った時に、覚えていたら尋ねてみようと思ったからです。<br />たぶん「なんでそんな変なこと聞くの？」って顔をされるでしょうけど。<br /><br />きっと、スピードはコミュニケーションの醍醐味ですが、<br />スピーディーであることが本質なのではありません。<br /><br />忘れたり、思い出したり。<br />四季があって、季節はやっくりとやってきます。<br /><br />ゆっくり時間をかけて建てた家が<br />プレハブの「あっという間」の家よりも<br />強固で快適で長持ちするとはかぎらないかもしれません。<br />でも、<br />建てた人や住む人の<br />思い入れや愛情は深くなるような気がします。<br /><br />そういえば、矢野さんも<br />「壊した家を出たくせに　今私たちは新しい家をつくる」って歌っていました。<br /><br />「十代の時に反抗して家を出て。「家なんて」って<br />思うくせに、結局結婚して「自分がつくっているのは家だろ」って、<br />姉さんは子供を二人育てている時に気がついたそうなんです。<br /><br />この話を聞いたとき、いいなぁって思いました。<br />時間がかかったけど、なんとなく本質的なことに<br />アッコ姉さんはちゃんと<br />自分で気がついてきたんだなぁってことがです。<br /><br />人が一人では生きられないように<br />コミュニケーションとは突詰めれば「生きる」ということなのかもしれません。<br />そうなると、忘れたり、思い出したりしながらってのは<br />やっぱりいいなぁと思います。</p>
]]></content></entry><entry><title>えがお</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2009/3/26/996588249984.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2009/3/26/996588249984.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-03-25T19:10:37Z</published><updated>2009-03-25T19:10:37Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>ちょっとだけいいことやうれしいことがあった時、<br />ついつい笑顔になっていたら、<br />まわりの誰かに<br />「なんかいいことあったの？」と聞かれて<br />さらにうれしい気分が二割増しってことがありませんか？<br /><br />すっごく美味しいカレーを作るお店の噂を聞いて、<br />そっこく食べに行ったら<br />「学生は大盛り無料」って書かれてあった時みたいなもんで、<br />幸福のおまけつきって奴であります。<br /><br />こんなことを考え始めると、<br />きっと知ってもらいたいって気持ちって<br />人には初めからそなわっているんだろうなぁっと感じます。<br /><br />それはつまり、ジャーナリズムの本質でもあるんです。<br /><br />でも現実は知ってもらいたいこととは限らない情報の方が<br />ずっと幅を利かせていますわな。<br />それは、「知らなければならないこと」「伝えなければならないこと」って奴で<br />そいつを伝えるだけで新聞もTVもいっぱいっぱいなんです。<br /><br />まぁ、でもそれはいいじゃないの。新聞やTV報道の世界の話なんだから。<br />って思っていたら、<br />ふと自分が誰かとかわすコミュニケーションも<br />「伝えなければならないこと」ばっかりになっていたりしてぞっとします。<br /><br />「伝えたい」って心が欲するメッセージを<br />まずはちゃんと自分でキャッチできるようにしておかないと、<br />誰かの心に届く言葉に出会えなくなっちゃいそうであります。</p>
]]></content></entry><entry><title>熟成・・・つづき。</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2009/2/26/003979620892.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2009/2/26/003979620892.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-02-26T18:27:17Z</published><updated>2009-02-26T18:27:17Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>数年前、会社で働くことを諦めフリーで仕事をしていくと決めた時、<br />僕はある企業の株を買いました。<br /><br />ちょっとした、屈折した自分へのエールのつもりで買ったんです。<br />なんていうか、<br />記者として自分自身が成長していくことのほかに<br />会社という一つの集団の成長を体現するっていう<br />会社で働く醍醐味みたいなものへの憧れみたいなものが<br />自分の中にきっとあったんでしょうね。<br /><br />だから、一つの企業を決めてね、<br />そこの株を買ったんです。<br />こっそりと成長を観察して<br />会社の成長のおすそわけというか疑似体験をしようっていう。<br /><br />それ以来、他の企業の株を少しずつ買ったり売ったりしてきたわけですけど、<br />その時に買った株だけはずっと置いておいたわけです。<br />増やしも減らしもせず。<br /><br />それで、最近になってね<br />ここんところの不況で世界中の株価が下がっているもんですから<br />あらどうしたもんでしょうっていやおうなしに考えていたら<br />あれあれあれ、<br />なんかそういえばこれってワインのエイジングや<br />チーズの熟成に似ているなぁと気がついたんです。<br /><br />人生ってワインやチーズと同じ匂いがすると思いませんか？<br /><br />人はつまりそれぞれ別々の酒樽なのではないかと思うわけです。<br /><br />別に最近プクっと出っ張ってきたじぶんのお腹や<br />ちょっと気になる加齢臭の話じゃありません。<br /><br />僕が個人的に<br />ワインやウィスキー、チーズというものを<br />ちゃんと味わうようになったのは<br />たかだかここ五、六年の話です。<br /><br />特にウィスキー、スコッチにはそこそこお世話になっております。<br />誰かと飲むならビールかワイン。<br />一人酒にはスコッチがベストであります。<br /><br />スコッチには必ず、「何年もの」といった<br />「ねかす」という価値が存在します。<br />熟成とかエイジングってやつです。</p>
<p>スコッチやワインが二十歳にならないと飲んじゃ駄目って法律が<br />なかなか的を得ているのは<br />お子ちゃまにはこの「熟成」っていうコンセプトが分かりにくいからではないでしょうか。<br />（同じ理由で、個人的にはビールは16歳くらいから飲んでもいいような気がしておりますが）<br /><br />はっきりいって、成長の盛りにエイジングなんていう考えが魅力に思えたら変態です。<br /><br />それから、毎日、ちゃんと眼を開いて生活していると<br />それなりに面白い出来事や話に出会います。<br />これを直ぐに友達に話したくなるのは若さのいたりです。<br />大人はこういう出来事に出会うと少し寝かすんです。<br />これもまたエイジングですよね。<br /><br />そして飲み頃のタイミングで<br />味の分かる相手に提供するのです。<br /><br />人生は熟成させてこそ価値が生まれるのかもしれません。<br /><br />そして、人生という言葉を「恋」や「愛」と置き換えてみても面白いわけで。<br />とどのつまり、<br />ワインとチーズの美味しい国の人と婚約した友人が<br />キラキラと輝いておりましたってお話でありました。</p>
]]></content></entry><entry><title>熟成</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2009/2/12/104077738636.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2009/2/12/104077738636.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-02-12T21:16:54Z</published><updated>2009-02-12T21:16:54Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>「これからって時だったのに」という言葉に時々出会います。<br /><br />「学校を卒業して、これからって時だったのに&hellip;」とか、<br />「これからって時だったのに、こんな事件に巻き込まれて&hellip;」とか。<br /><br />大抵は好ましくないことに遭遇した人なんかに向けて使われるわけですから、<br />基本的にはネガティブな言葉なんでしょうけど<br />心のどこかで「この表現、なんか好きだなぁ」と思ってしまう自分がいるわけです。<br /><br />どうなんでしょうか。みなさんにも、そういうものってあるんでしょうか？<br />駄目だよって自分で自分に抑制をかけているのに、<br />どうしても「駄目だ」って思えないみたいなもの。<br /><br />例えばね、子供の頃からなんですけどね、<br />サッカーや野球なんかをしていて<br />自分のチームが勝っている時より負けている時の方がどうしても嬉しいんです。<br />なぜか負け試合の方が楽しいって感じてしまうわけです。<br />勝ってよかったぁ～～っていうよりも、<br />負けて悔しい～～っていう気持ちの方がなんか好きだったんです。<br /><br />だからもう、ず～～っと不思議だったんですね。<br />なんで自分がそういうふうに感じるかってこともそうなんですけど、<br />もっと言うと、自分の他にもそんな風に感じているチームメートや友達がいるのかってね。<br /><br /><br />最近感じたんですけど、<br />「ハッピーエンドをお約束！」っていう映画があるじゃないですか。<br /><br />映画が始まる前のプレビューとか予告編を見ただけで<br />「あぁこれはハッピーエンドで終わるんだろうなぁ」って<br />なんとなく分かっちゃう作品。<br />家族で安心して見れちゃうってふれこみのやつです。<br /><br />でもね。僕なんかは最近そういう映画が見れないんです。<br />ハッピーエンドはハッピーエンドでいいんです。<br /><br />ただ、あれって怖いなぁって思っちゃうんです。<br />もし、万が一ハッピーエンドじゃなかったらって。怖くなっちゃう。<br />僕の中でね、予告編を見た時には妄想が広がっていて<br />勝手にハッピーな主人公なり家族なんかのハッピーな人生が存在しちゃうんですよ。<br />2時間いろいろあったけど、最後はおさまるところにおさまってよかったねって。<br />そういうハッピーな彼らがもうすでに存在するのに<br />裏切られたエンディングがあったら、ねぇ。この妄想どうしてくれる？みたいな。<br /><br />こないだ見た映画もね、<br />史実を元にした作品らしいんですけど。<br />3人の主人公たちがね、戦火を必死に逃れるって話なんです。<br />でまぁ、120分、悲しいことや嬉しいこと本当にいろいろあって、<br />なんとか３人とも行きぬくわけです。<br />僕はけっこう簡単に感情移入しちゃうほうなんで、<br />「あぁーよかったぁ」って安心して。<br /><br />さぁじゃ出ようかって立ち上がろうとしたね、<br />主人公たちのモデルになった史実の人物の写真が出てきまして、<br />一緒に出てきたテロップが<br />その後の主人公たちの人生を少しだけ教えてくれるって仕掛けになっていたわけです。<br />ときどきあるでしょ。そういうの。<br /><br />まぁ、気になるんで読みますよね。嫌な予感はしたんんです。<br />そしたらね、３人のうち1人はね、<br />映画でエンディングとなった二週間後に死にましたって。<br />おいおいって！<br />その人にはね、<br />劇中に恋に落ちた相手がいたわけです。<br />でもなかなか想いが伝えられないわけです。<br />それがちょっとした事件をきっかけに想いが伝わって、<br />みんなに祝福されてささやかな結婚式を挙げているわけです。<br /><br />エンド・テロップによるとですよ、<br />主人公が戦死した時にはヒロインは妊娠していて、<br />「でも彼は子供の顔を見ることもなく死んでしまいました」って。<br /><br />何じゃそりゃーーーーーーーーーーーーー！</p>
]]></content></entry><entry><title>地球最後の日</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2009/2/12/124890509893.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2009/2/12/124890509893.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-02-12T19:57:56Z</published><updated>2009-02-12T19:57:56Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>昔読んだ短編のSFにこんな話がありました。<br />もう何年も、タイトルも筆者も思い出せないんですが・・・。<br /><br />ある日突然、地球に地球外生命体がやってくるところから<br />物語が始まります。<br />エイリアンは地球上の全ての生命に対してこんな内容のことを言います。<br /><br />「われわれは銀河連邦政府の特使としてこの星にやってきました。<br />地球に住む全ての住人に告げます。<br />銀河連邦政府議会は、地球の連邦政府への加盟を承認しました。<br />しかし、今回の加盟には一つ条件が伴います。」<br /><br />あなたたち地球人はいつの時代も互いに争ってばかりきました。<br />もし、この先も互いに仲良く平和を築けないのであれば<br />銀河連邦政府は、あなたたちに自治能力がないと判断し、<br />連邦直属の平和維持部隊が速やかに平和を蝕む元凶である地球の住人を排除し、<br />連邦直属の代行政府を樹立、地球の平和支配を実施します」と。<br /><br />強気な言葉に、キラリと光る平和維持部隊の大量破壊兵器。<br /><br />人類は大混乱に陥ります。<br />突如としてせまった地球最後の日。<br /><br />声明を受けた各国のリーダーや宗教家たちは<br />恒久的な平和を達成するために集まります。<br />そして有史以来、初となる真の世界平和がもたらされたのです。<br /><br />これで地球は滅びずにすみました。世界中の人々は歓喜しました。<br /><br />そして人類の代表はエイリアンに誇らしげに伝えます。<br />「みてください。あなた方の望んだように<br />我々地球人は一致し、地球の隅々に平和がもたらされました。<br />我々は銀河連邦の一員として<br />これからも銀河の平和促進のために尽力していきます。」<br /><br />しかし、平和維持部隊の提督はその言葉を聞いてこう答えます。<br />「残念ながら我々はあながたを排除するため<br />攻撃を加えなければならないようですね。」<br /><br />「騙したのか！」と怒る人類に提督は語ります。<br /><br />「騙してなどいません。あなた方が勘違いしています。<br />これまでも抱いてきた、大きな勘違いです。<br />確かに、あなた方は平和を築きました。<br />しかしその平和は人間の中だけの話です。<br />我々は地球の住人全ての平和を要求しました。<br />それはつまり、地球上の全ての生命に平和を築きなさなさいという意味です。」<br /><br />「いつまでたっても自分たちだけが地球の住人だと思っている<br />下等な生命体に連邦に加わる権利などありません。<br />我々は交渉相手を変更します。」<br /><br />そして、平和維持部隊の攻撃によって<br />人類は地球から排除されてしまいました。<br /><br />攻撃命令を下した総督は地球の住人に告げました。<br />「今日、残念ながら人類最後の日になってしまいました。」<br /><br />すると、地球の住人の代表は答えます。<br />「いいえ。今日は地球最高の日です。」<br /><br />そこで物語は終わります。</p>
]]></content></entry><entry><title>常識を疑えっていう奴を疑え！</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2009/1/3/833247725949.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2009/1/3/833247725949.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-01-03T15:10:11Z</published><updated>2009-01-03T15:10:11Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>たぶんこんな形容詞なんて必要ないんでしょうけど、<br />さっき深夜番組を見ていたら<br />メジャーリーガーのイチロー選手が<br />自身のバッティングスタイルに関して<br />かなり具体的な説明をしていました。<br /><br />見ました？<br /><br />ピッチャーにぎりぎりまで胸を向けない独特なフォームに対する<br />彼が考え抜いて、試しぬいた理論を惜しげもなく語ってくれました。<br />よくバッティングに関して、<br />解説者や指導者が「詰まっちゃ負け」といいますが、<br />そういう考えは捨てないと駄目だという台詞はワクワクしました。<br />ほんの少しの話だったですけどね。<br /><br />野球とかやらない人間でもワクワクしちゃう説得力が<br />9年連続200本安打のバッターが言うとあります。<br /><br />ほら最近は、「常識を疑え」とか簡単に言うじゃないですか。<br />型破りであれ！的なことをね、言い合う世界になっちゃって。<br />日大の芸術学部の入試会場みたいなことを求め合ってますよね。<br /><br />でも、正直そんなに常識は疑えないわけですよね。<br />だからあえて「疑え」って言うわけだし。<br />で、もっというと無理して疑っていく姿勢ってどうなのかなぁとも思っちゃったり。<br /><br />無理して壊した常識の先なんて大したものはないわけで、<br />やっぱり無理なく、その道が一番しっくりきたからっていうね。<br />例えばイチローみたいな存在が、<br />自然な形で自分の道を切り開いちゃったみたいな。<br /><br />これは、真実に触れる時にこそ僕らは感動するんじゃないかなってことに<br />繋がるとも思うんですけどね。<br />リアリティーってある程度は演出できるんでしょうけど、<br />やっぱり感動するリアリティーというのは<br />本来は研ぎ澄まされた感覚があれば見極められるのじゃないかなって。<br /><br />正月に普段の何倍もテレビの前に座っていると、<br />編集されつくされて、親切な番組を見続けることになります。<br />するとどんどん感覚は鈍くなっていきますよね。<br />これは国家の陰謀か？ってくらいに考えない、感じないで時間が進んじゃう。<br /><br />だからたまにね、今夜のイチローの話みたいに<br />ときどきすっごいリアリティーのある言葉に出会えるとビックリします。</p>
]]></content></entry><entry><title>可能性ってなに？</title><id>http://www.creative-platform.com/shiori/2009/1/3/402168387881.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/shiori/2009/1/3/402168387881.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-01-03T05:50:15Z</published><updated>2009-01-03T05:50:15Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>今年の秋に南品川に開店したラーメン屋さんがあるんですけど、<br />夜中帰宅途中にフラッと入って「美味しいなぁ～」と感動したんですね。<br />数回通って、やっぱりすっごく美味しいって確信したんです。<br />でも、いつ行ってもガラガラなんです。<br />有名店では行列が当たり前の昨今では、<br />美味しいのに空いているのはありがたいわけですが、<br />ちょっとさびしいみたいな複雑な気持ちでした。<br /><br />別に僕がその店を「見つけた」とか言いませんけどね。<br />勝手に応援団としては、<br />行列も嫌だけどぜんぜんお客さんが入っていないのも不安になります。<br />僕の味覚はおかしいのかなぁーと。<br /><br />その店が最近、年末のテレビ番組で<br />都内ラーメンランキングで「注目店」として紹介されておりました。<br /><br />なんなんでしょうね。妙に嬉しいこの気持ちは。<br /><br /><br />実は最近、人の起源に関して勉強する必要があって<br />ここずっと人間の細胞に関する生物学の文献や<br />脳科学の入門者なんかを必死に読み漁っていました。<br /><br />すっごいですね。人の体というのは。<br /><br />誰だって、一度や二度は自分の体の自然治癒力の<br />静かなエネルギーを実感したことがあると思うんですけど、<br />専門家の研究からわかり始めたことなんかを<br />系統立てて勉強すると感動を再認識しますね。<br /><br />たとえば、人の脳って<br />100年の人生を少なくとも何百億回は<br />繰り返せるだけのポテンシャルがあるそうです。<br />「限界がない」のだそうです。<br /><br />人の体ってすごいんだろうなぁって思っていたことを<br />専門家の言葉で再確認できる経験は、<br />南品川のラーメン屋の親父をテレビの画面で見た時に<br />似た妙な喜びがありました。<br /><br /><br />思うのですがというかすごく謎なんですが、<br />もしからしたら人の可能性って<br />人には結局わからないってことなのかもしれませんね。<br />自分が本当はどんなことができるのかみたいなことって<br />本来は自分にはちっとも想像できないのかもしれないわけです。<br /><br />だってね、人間の体にはある種の限界がないんですから。<br />人の可能性とか、限界って<br />勝手に決めちゃいけないものなんじゃないかって思います。<br /><br />可能性ってなんなんでしょうかっていう疑問に<br />一つの可能性があるのではないでしょうか。</p>
]]></content></entry></feed>