常識を疑えっていう奴を疑え!
日曜日, 1月 4, 2009 at 12:10午前 たぶんこんな形容詞なんて必要ないんでしょうけど、
さっき深夜番組を見ていたら
メジャーリーガーのイチロー選手が
自身のバッティングスタイルに関して
かなり具体的な説明をしていました。
見ました?
ピッチャーにぎりぎりまで胸を向けない独特なフォームに対する
彼が考え抜いて、試しぬいた理論を惜しげもなく語ってくれました。
よくバッティングに関して、
解説者や指導者が「詰まっちゃ負け」といいますが、
そういう考えは捨てないと駄目だという台詞はワクワクしました。
ほんの少しの話だったですけどね。
野球とかやらない人間でもワクワクしちゃう説得力が
9年連続200本安打のバッターが言うとあります。
ほら最近は、「常識を疑え」とか簡単に言うじゃないですか。
型破りであれ!的なことをね、言い合う世界になっちゃって。
日大の芸術学部の入試会場みたいなことを求め合ってますよね。
でも、正直そんなに常識は疑えないわけですよね。
だからあえて「疑え」って言うわけだし。
で、もっというと無理して疑っていく姿勢ってどうなのかなぁとも思っちゃったり。
無理して壊した常識の先なんて大したものはないわけで、
やっぱり無理なく、その道が一番しっくりきたからっていうね。
例えばイチローみたいな存在が、
自然な形で自分の道を切り開いちゃったみたいな。
これは、真実に触れる時にこそ僕らは感動するんじゃないかなってことに
繋がるとも思うんですけどね。
リアリティーってある程度は演出できるんでしょうけど、
やっぱり感動するリアリティーというのは
本来は研ぎ澄まされた感覚があれば見極められるのじゃないかなって。
正月に普段の何倍もテレビの前に座っていると、
編集されつくされて、親切な番組を見続けることになります。
するとどんどん感覚は鈍くなっていきますよね。
これは国家の陰謀か?ってくらいに考えない、感じないで時間が進んじゃう。
だからたまにね、今夜のイチローの話みたいに
ときどきすっごいリアリティーのある言葉に出会えるとビックリします。
佐藤寛孝 |
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