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月曜日
9222008

お節介な資本主義野郎たちへ

えーと、つまり、
僕は中学生の頃から深夜ラジオと落語が大好きなんですけど、
落語なんかはもう本当に素晴らしい教養だと信じているわけなんですね。
そういう思いがあるんですけど同時に
「落語は聴いたほうが良いよ。寄席に一度は行くべきだよ」
なんて言ってもだめなんだっと気づくようになったわけなんです。

これいいですよって志ん朝や金馬のCDを渡しても
それじゃただの「おすすめ」になっちゃっう。
自分がいかに落語を愛しているかを語ることと、
具体的におすすめすることは絶対的に違うはずなんです。
おすすめした時点で、どこか商業的な匂いがして、
マーケティングとかブランディングとか(この辺のことは専門ではありませんが)
お節介な資本主義野郎的な顔が見え隠れしてしまう。

結局のところ自分にとって本当に大切なものって
自分自信で見つけたり気づいたりするもんなんです。
だから結果を軸に考えるとまどろっこしくて難しいし、
プロセスに注目するとこんなに面白いことはないんですよ。
でもどうやら、それを放棄してしまう人がいて、
放棄した人に都合の良い「おすすめ」をする人もいる。
その術が学問にもなっているわけです。

口コミとか、おすすめとかで見に行った映画や食べに行ったスイーツに
いまいち感動できなかったりがっかりしちゃったという経験と、
ぷらっと立ち寄ったラーメン屋のスープに魅せられたという話には
人の本質的な欲求、つまり「冒険への憧れ」みたいなもんがあるんじゃないかって
思うわけなんです。

ご存知のとおり、ガイドブックを見て異国を訪れる行為は
たんなる確認作業でしかないわけです。
誰かにすすめられた本を読むのも、
すすめられるに値した内容なのかをどこかで確認している。
誰かが「あーだよ。こーだよ」と教えてくれていたことを
自分はどう感じるか、どう思うかと確認していくわけです。
確認作業自体は悪いことではないし、むしろ大抵のことは確認が必要とされている。
そこにはしかし、偶然性の入り込む余地は多少残されてはいるけども、
偶有性が大きく失われてしまっているわけです。

世界中に点在するバックパッカー御用達の安宿やカフェなんかには
必ず「Books Exchange」コーナーがあるんですね。
自分が読んだ本をそこに一冊置いて、
本棚から別の本を持って行っていいわけなんです。
本のぶつぶつ交換です。

まっとうなバックパッカーというのは金はない分だけ
時間を持て余していますから、
普段は手に取らないような本でも読んでみようかなって思うわけで、
旅先で手にとって永遠に忘れられない言葉に出会ったりする。
そんなふうに人も本も旅をするわけです。

グーグルの検索システムは日々進歩していて
ほんの少しの情報のインプットで
こちらが「必要」な答えを自動的におすすめしてくれる。
これってすごいことなんですよ。便利だし、感動すらしまう。
売れてる本。人気の観光スポット。
なんでも教えてくれる。
でも、それはそれは、怖い世界でもあるわけです。

何が怖いんだって?きいちゃうよねぇ~~。

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