水曜日
9172008
国際電話
水曜日, 9月 17, 2008 at 11:26午後 僕の友人に南米の貧しい地域で
クリスチャンの宣教者として活動している奴がいます。
南米に行く前まで
彼はアメリカの大手IT企業のプログラマーをしていました。
先日、話をした時、
彼は自分が宣教する地元の人々を助けるために
金銭的な援助を行うかどうかで悩んでいました。
それまで、金銭的な援助は
長期的には地元の人々の益にはならないという信念を持っており、
他の面で彼らを助けるために尽力しようと行動してきたわけです。
しかし、その信念を揺るがすような状況を前にして
電話の向こうで友人は悩んでいたわけです。
そんな彼が電話を切る前に
「南米に来てからの数年で学んだことは、
現実の多くの問題において『たった一つの正解とそれ以外の不正解』
なんていう状況は本当に稀だってこと。
きっとそんなのは、奇跡なんだっていうことだよ」
と言いました。
僕にも彼がどうするべきなのかは分かりません。
ただ話を聞きながら、
どんな仕事であれ「どうしたらいいのだろう」と
本気で悩めるならば
それは一生懸命取り組みに値する仕事なのだなぁと
そんなことを感じていました。
たった一つの正解を求めることは、
正解なんてたいして意味など持たない混乱した現実の中で
考え悩んだ末にくだした自分の決定に
責任を持つと腹を据えて生きることに比べれば、
ひどく安易な行為なのかもしれません。
友人との国際電話を終えて、
自分の中でいろいろ考えていると
ふと自分が彼に少し嫉妬しているのに気がつきました。
悩む価値のある問題を前にして
必死にもがいている同世代の若者が羨ましく思えました。
佐藤寛孝 |
3 Comments | 
Reader Comments (3)
なんだか とても考えさせられる文章たちでした。
お久しぶりです。グアテマラの五十嵐です。3年ぶりです。コメント欄を利用してのメールです。
僕たちも時々同じ悩みをかかえます。信念を持ってここに来ました。でも、信念を揺るがすような状況に面することがあって、やっぱり答えは1つではないと痛感しています。どうすればいいのか?悩みます。でも、こんなことを悩みながら生きることができることにやっぱり感謝です。自分のことばかり考えていた、常識の中だけで生きていた昔の自分とは少し違う自分がそこにいるからです。考えて考えて考えて、人を愛して、涙を流しながら、あたたかい何かを感じています。
またヒロくんに会いたいです。
ご無沙汰しております。
あれからもう3年ですか。あっという間ですね。
お返事を呼んで、
悩む価値のある大きな悩みを前にして
途方にくれそうになるお二人が
少しうらやましくなりました。
「一番楽しい人生をおくりたければ
自分のためにいきなさい。
でも、一番嬉しい人生は
だれかのためにいきなきゃね。」
最近、大切にしている言葉です。
お二人の過ごされてきた時間、
いつかゆっくりと聞かせてください。
グアテマラの土は何色ですか?