日曜日
1272008

第二章「塩の山」

「もう桜の季節か…」
僕は一人呟いていた 。

朝のテレビで「先週末から、ブルックリンのボタニックガーデンでは
何十種類もの桜がいっせいに咲き始めました」と言っていたのを思い出したのだ。
四月に入り、路上に歩く人々の装いから厚く重そうなジャケットが消えていた。
春はニューヨークの街なかにも目に見える形で訪れているようだった。

この日、僕は一人バスに揺られていた。
窓から差し込む日差しは強烈で、
締め切った車内は長袖の上着を着ていた僕には汗ばむほどに暖かかった。

やがて、ミッドタウンを出発した市バスがイーストリバーに架かる橋を渡って
クイーンズと呼ばれる地区に入ると、
窓ガラスの向こうにはマンハッタンの摩天楼が
強烈な日差しを受けてシルエットとして浮かび上がってくる。

僕はいつもこの瞬間、
マンハッタンは島だったのだと当たり前のことを思い出す。
人口が異常なほどに密集した島暮らしに慣れ、
そこを離れること自体が稀なマンハッタンっ子には、
窓の向こうに眺める景色がそれなりに感慨深いものになるのだ。

そういえば映画「星の王子様ニューヨークへ行く」の中で
エディー・マーフィー演じる某国の王子が
未来の「クイーン」となるお后を探しにやってきたのが
八〇年代後半のここクイーンズだった。
そして新世紀のクイーンズでも
マンハッタンを眺める景色だけはあまり変わっていない。
元来ニューヨーク市はクイーンズやマンハッタンを含めた
五つの行政区の集合として成り立っている。
平たく言ってしまえば東京に荒川区や千代田区があるようなものだ。
ヤンキースタジアムの建つブロンクスがあり、
対岸になるニュージャージー州の工業地帯から流れるスモッグのために
住民が全米有数の高い発ガン率を持つといわれるスタッテン島もある。
いまだに「ブルックリンと言えばドジャース」と言いそうな
頑固な老人に出会える気がしてしまうブルックリン。
ニューヨークとはたとえばそんな五つの異なった顔を持つ都市なのだ。

などと偉そうなことを語っている僕もたいていの旅行者と同じように
マンハッタンという一面以外にニューヨークについてあまり多くを知りはしない。
だから実際にマンハッタンを離れクイーンズやブルックリンで眺める
何気ない景色に必要以上に心を躍らされてしまうのだ。

しかし、そういったある種見せ掛けの景色に感動できる時期を過ぎれば、
ニューヨークだって世界中に散らばった
当たり前の都市の一つなのだと気がついたりもする。
人の息遣いがむしょうに恋しくなってくるのだ。
そうやって旅行者はいっぱしのニューヨーカーへと変わっていくのかもしれない。

この数年間ニューヨークの町に雪が降るたびに、
この同じバスに揺られ通った先で僕が目にしてきた世界とは、
摩天楼の眺めのような万人を感動させるような
そんな大げさなものではなかった。
それはただ当たり前の景色の中に生きる市井の人々の当たり前の日常だった。
ちっともニューヨークらしくなんかないのに、
それでいて僕にはとってもものすごくニューヨークらしい世界でもあった。

バスはクイーンズに入ってからも順調に走り続け
ミドルビレッジとよばれる一角で僕を落とした。
バス停からは大人の足で十五分ほど、
広大な墓地のフェンス沿いを南へと向かって歩いていく。
すると墓地の湿った雰囲気から一変、町工場が所狭しと立ち並び、
止まることなく吐き出される工業スモッグのために灰色に沈んだ街が姿を現す。
僕の目指す「 Executive Cleaning & Maintenance Service, Inc. 」の
二階建てのビルはそんな灰色の世界の中にあった。
建物をふくむ敷地は、二百坪ほどはあるだろう。
両隣は重機を貸し出している会社と、
近隣の町工場で働く夜勤者たちのための深夜営業だけがうりの寂れたピザ屋。
今日はまだ朝が少し早いためピザ屋の戸は閉まっている。

建物の裏にはトラックが二十台は駐車できるだけのスペースがある。
そこの一角には列車や輸送船などに詰まれる大きなコンテナーが二つあり、
そのうち冬の間ならば常に扉が開けっ放しにされている一つのコンテナー中には
砂場で子供たちが作るお山程度に盛られた塩が見えただろう。
壁には塩の運び出しの際に塩を散らかさないようにと書かれた看板がかけてあるが、
忙しい時期には辺りは取りこぼされた塩で白くなってしまう。
看板自体も塩にまみれ錆び付いている。
そしてその横には無造作に詰まれた業務用シャベルの山が見える。

これらのすべては、ここが冬の間ニューヨークの住人たちと
雪の世界との間で繰り広げられる戦いの最前線、
野戦司令所であることを示す証拠のように思えた。
僕のひどい英語の発音 で「エグゼクティブ」と略して呼ぶこの会社は、
雪かきを生業とするなんとも不思議な会社なのだ。

総勢百五十名ほどの屈強な男たちを束ねる野戦司令官の名前はフランクといった。
身長は百九十センチ近くあり、
趣味のバスケットボールで鍛えた体は到底五十を過ぎたとは思えない。
多少髪に白いものが混じってはきてはいるが、その眼光はするどく、
働き盛りの衰えを感じさせることはない。
そして、このフランクこそがバカ副社長こと、キャリーの親父さんなのだ。

北緯四十一度。
地理的に、ニューヨーク市は青森県の八戸市とほぼ同じ緯度にあたる。
冬の気温は摂氏でゼロ度からマイナス十度まで下がり、
一月と二月の冷え込みは特に厳しくなる。
大西洋の海流「ラブラドル寒流」の影響で冷えた空気と、
隣国カナダからニューヨーク州北部やペンシルバニア州を抜けて吹き付ける
「カナダ降ろし」と呼ばれる冷たい風の影響で冬のニューヨークは非常に寒く乾燥するのだ。
ニューヨークの冬の冷え込み具合は
毎年凍死する浮浪者への対応が深刻な社会問題となるくらいだ。
ニューヨークという街は、ある人々に言わせると、
「アメリカンドリーム」なるものを叶えるのに最も適した場所らしいが、
夢だって寒けりゃ凍るし、人も命を落としかねない。

そうそう、社長のフランクが以前「雪の哲学」のようなことを教えてくれたことがあった。
彼はこう言ったのだ。
「雪は綺麗だが無害じゃない。
雪の白さは時に俺たちの汚れきった一面だって映しだすんだ」

確かに大都市に降る雪はその都市機能を麻痺させる恐れがある。
降った雪は綺麗にかいて掃除されなければならない。
そのために、市は毎年莫大な予算を割いて
市内の道に降り積もった雪を除雪車でかいてまわるし、
「エグゼクティブ」の連中にとっても雪かきが商売として成立するのだ。
しかし雪に映る僕らの醜い姿とはいったいどういう意味だろうか。
長いこと彼の言葉の真意がわからなかった。

ここ「エグゼクティブ」では街が寒くなり始める十一月になると
散布に用いる大量の塩を買い込み、除雪トラックの手入れを始める。
冬の間中いつでも呼び出しに応え、
仕事にやってこられるドライバーやシャベルかきを雇い入れて、
街に雪が降るのを待つのだ。
雪が降れば男たちは除雪車やシャベルでもって雪をかき、
運悪く雪が 降らなければ彼らには平等に仕事がない。

つまりと、僕には男たちの世界を説明できる気がした。
冬になるとニューヨークを舞台にして、
雪相手に大手をふって博打をうっているのではないか、と。
体裁は一応会社と言うことになってはいるが、
「エグゼクティブ」の男たちとは要は
賭場の親分と舎弟たちみたいな連中なのじゃないか、と。

運がよければ年に数回、しみったれた世界を覆い隠すほどの雪が降る。
しかしそれまでは、ただじっと耐えながら、
男たちは白い世界を相手に大きな勝負に出る日を待っているのだ。
いつか、いつかと…。
これは、博徒の背中以外のなにものでもない。そう思えた。

そしてそうであるならば、
それはまさにテーブルの上を飛び出して自然を相手にしてしまった、
やたらめったスケールの大きな博打じゃないか。
僕はそんな彼らの世界に惹かれ、
フランクの言う「雪に映るニューヨーク」の世界を覗くため、
雪降るマンハッタンを発つバスに揺られ続けた。

(続く)