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火曜日
3112008

SATURDAY

私の友人がいつか、
大学で親元を離れ都内へ出て
一人暮らしをした時に、
無性に寂しくなって泣いてしまったことがあると言っていた。

悲しみや寂しさに重さや違いがあるのかどうかはわからないけど、
叔母が死に身寄りを失った私が
施設で暮らす中で学んだことは、
人が本当に孤独で耐え切れない時に流すのは涙ではなく
心そのものだということだった。

一人っ子だった私にとって、
周囲に自分と同じ年齢の子供たちがいるということは
とても不思議な居心地だった。

例えば施設にはにわかには信じられないくらい
たくさんの催しものがあった。
クリスマス会や七夕など季節の行事はもちろんのこと、
音楽会やビンゴ大会、ビデオ観賞会に自炊当番、
あげくの果てには焼き芋の日なる
10月の第二土曜日まであった。
映画を見るのも一緒。
髪を切るのだってみんな一緒だった。
そうやってみんなで一緒に何かをしていれば
子供たちは寂しさを感じない。
いや少なくとも、寂しさを忘れられる。
施設の大人たちはきっとそうんなふうに
信じていたのかもしれない。

毎週のように準備された催しものやイベントは
大人たちに、生きる上での選択肢を奪われ続け、
その結果、施設に暮らすようになった私たちへの
かれらなりの贖罪のあらわれだったのだろうか。

しかし、本当の孤独というのは
いまその瞬間に
自分が誰かと一緒にいられるかどうかということとは
あまり関係のないものだった。
それよりも自分を心から愛してくれている人がこの世界にはいる、
無条件で自分を受け入れてくれる人がいる。
そう、信じれるかどうかにかかっていたような気がする。

施設で育った多くの仲間が
とても早い時期に恋人をみつけ
安易すぎるほどあっさりと肉体関係を許し合っていたのも、
きっと心に根をはった闇と無関係ではない気がする。

だって、それは人として、
自信とか勇気をみたいなものを抱いて行きていくのに
ものすごく大切なことだから、
普通、誰もが
無くさないように落とさないようにと、
ポケットに入れて
片時もはなさずに握りしめていないと落ち着かないのだ。

それは月の大きな夜だったり、
星の全く見えない夜だったりしたのだけれど、
施設では時々ご飯を食べている時や
みんなが宿題をしたり本を読んだりしている時などに、
突然大きな声をあげて泣き出す子や
叫び声の中で椅子やお皿を投げ出したりする子がいた。
彼らはそろって、
ポケットの中に大切にしまっておいたそれを
どんなに探しても掴むことが出来なくて
感情のダムが欠壊してしまっていたのだ。

人は他人と比べる生き物で、
だからよく、
互いの不幸を秤にかけたがるけれど、
施設の子供たちに限っていえば
彼らがはかりに載せるのは
辛い過去の記憶でも流した涙でもなかった。
皿の上にはいつだって失った自信や勇気が載っていた。

そんな時、私たちが例えどんなに煌々と月明かりの輝く下にいたとしも
失ったとものは見つかりはしないのだ。

そしてただ、
幼いからだと心で
残酷な現実を知るのだった。
自分には、
私を心から愛してくれる人が
もうどこにも存在しないのだと。

孤独はそうやって、
夜の暗い世界の中でさえ影を落としている真の闇のように
徐々に私のこころをも侵していった。

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