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木曜日
6182009

06.18.09

最近多摩川土手を歩いていると
若いお父さんが子供とキャッチボールをしている光景を目にします。

子供の頃、バリバリの日本的サラリーマンだった父親に
休日や週末が近づくたびにキャッチボールをねだりました。

そのたびに、父は「忙しいから」とにべもありませんでした。

一昔前の大人は本当に忙しかったのでしょう。
大人の世界と子供の世界には明らかな境界線が存在していました。
サザエさんの弟のカツオ君が野球の練習をする相手は中島君であったように
子供は子供同士で切磋琢磨していたわけです。
親は時々その成長を確認する程度の存在だったわけです。

そのため、椎名誠の「岳」を読んだ小学生の僕が受けた衝撃は原子爆弾なみであったわけです。
父親と毎晩のようにプロレスに興じ
釣りや登山やカヌーへと
大人たちに混ざって出かけていく岳少年。
外国映画の中だけに存在する親子の関係が
日本でもあるっていう衝撃の事実。

さて、当時僕が暮らしていた家の向かいには大島君という同級生がいました。
大島君のお父さんは町の消防士さんで、
平日でもよくキャッチボールやノックに付き合ってくれました。
そして時々、僕や近所の子供たちもそこに混ぜてもらいました。

僕は軟式ボールでなら今でもカーブを投げられます。
それは大島君のお父さんが教えてくれたからです。

大島君のお父さんが、
僕や他の子にボールの投げ方やキャッチボールの相手をしている時
大島君は他の子と一緒に順番待ちの列に並んでおりました。

子供の頃、父親や母親は宝物でした。

その屈託のない笑顔のどこかで
自分だけの宝物を誰かに奪われた理不尽さに耐える友達をみて、
僕は自分が大人になったら「忙しい」という言葉だけは
子供に向かって使うのはやめようと思いました。

大人は子供に比べれば忙しいものです。
今更それがどうしたってことですよ。

でもね、自分が大人になってみてわかったこともあります。
「忙しい」って言葉の尖った部分は
実は向けられた子供でも家族でもなく
本当は言っている本人からこそ
大切なものをどんどん奪っていくんだなぁってことです。

父親とキャッチボールがしたかったという思いというのは、
息子とキャッチボールを思う存分できなかったってことに比べれば
どうってことはないのかもしれません。

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