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月曜日
9032007

サボテンは今日も・・・

これは今の家に引っ越してくるずっと前の話です。

私はもともと北関東の小さな町の出身なんですが
大学入学を機に東京に出まして、
そのまま就職、結婚、子育てと
一度も地元に帰ることはありませんでした。

そんな私の父もまた
もともとは九州の生まれだったのですが、
東京に就職のために出て来て
そのまま関東近郊を転勤で渡り歩いていましたから、
私の中で大人というものは
どこかで生まれ育った町を出て暮らすものだ
という思いがあったのかもしれません。
そんな父のほうはだいぶ前に亡くなってしまいましたが、
健在の母は私の故郷を離れ
長野の方で姉夫婦と一緒に暮らしています。

そんなわけですから、
大学を出る直前に仕事を選ぶ時も
私はどこかで転勤の多い業種を意識的に探していました。
ただ、私が、航空交通管制官というもになったのは
本当に偶然でした。

当時私が暮らしていた学生寮には
お世話になっていた寮長さんがおられて、
その方の年の離れた弟さんが、
確か学生だった私たちとはあまり変わらない
年齢だったと思うのですが、
その方がちょくちょく私たちの寮に
遊びこられていたんです。
そん方は気さくな性格なうえに
齢も近かったこともあって、
寮生たちともかなり仲良くなっていました。
私なんかもお会いすれば
ご飯をご馳走していただいたりして。

で、その方が、偶然といいますか、
航空自衛隊の自衛官だったんですね。
しかも、今でいうパイロット候補生って奴です。

当時の平凡な学生にとって、
安保闘争はとっくに過去のことでしたし
全共闘も、はっきりとはしないのですが、
どうやら敗北続きらしいっといった感じで
どこかむなしい。
なんというか大学には言葉では言い表せない
重たい空気が漂っていました。
学校の一部にはそれでもバリケードが残っていて
相手もみえずに戦っている学生がいるわけです。

でも、再開した講義には就職を意識して
卒業のために単位をとろうとしている学生も少なくない。
そして、私は、自分がどうしたいのかも
分からずに、ただ日々を過ごしているわけです。
ただ、どうも勉強をする気分にはなりにくかったんですね。
一流企業へ就職するために
露骨に闘争から身を引いていたと思われたくなくて
民間企業への就職は避けようと思いました。
ですから、自衛官というのは
なんというか
面白い選択肢かなぁってね。

しかも自衛官というのは、
社会的にはまだまだ日陰者の時代です。
まぁ、いまでも、任務の厳しさから考えれば
社会的地位は低すぎるくらいなんでしょうけど・・・。
それでも、さすがに今じゃ、
自衛官募集で学校や一般家庭に自衛官がうかがうと
露骨に嫌な扱いを受けたりはしないでしょ。
昔は、対面上、最低必要人員を集めなきゃいけないんですが
それが大変だったので、
さらに必死になって勧誘活動をすることになる。
そういう悪循環が、どうも自衛隊、そして個々の自衛官の
イメージを暗くしてしまっていたんでしょう。

しかし、私が学生時代にお会いした
その自衛官の方には、
ちっとも暗さのようなものがない。
難しい主義や理想をおおびらに述べることもないし、
苦労をひけらかすことも、
防大卒の方に多い
屈折したエリート意識みたいなものもない。
男としても人としても
とても気持ちのいい好人物で、
私はその方と特別親しかったわけではないのですが、
好意以上の、憧れににたものを
抱いていたのかもしれません。

卒業前の鬱憤とした気持ちの中で、
空を職場にすることへの憧れを抱いたとすれば
それは間違いなく、その方からの影響のためです。
唯一、自衛隊に行かずに
管制官の道を選んだのは、
当時の私にはすでに結婚を考えている恋人がいて
その女性のご親族に
仏教系某政治団体の幹部の方がいまして、
まぁ自衛隊に入ったら
いろいろめんどくさいことになるだろうなぁと
そんなふうに思いまして、
自衛官は避けて航空管制官の道を選んだんです。


航空管制官採用試験をパスして
半年ほどは羽田の近くにある
航空保安大学で研修を受けました。
連日厳しい訓練が続きましたが、
寮生活は大学時代からで慣れていましたし、
忙しいとはいえ恋人に会うこともできました。

ご存知のとおり、
管制官という職業は日本では国家公務員扱いです。
そのため、数年おきに転勤辞令がおります。
おかげで独身時代から数えると
およそ10回ほどの引越しをしました。
結局今、定住の地に選んだのも
若い頃に管制官としての訓練を積んだ
この福岡の街です。

で、その福岡管理センターへの最初の転勤で
学生時代から付き合っていた恋人との
長距離恋愛がはじまりました。
彼女は大学の一学年後輩で
卒業までもう一年ありましたし、
本人も両親も卒業を望んでいました。
それで、彼女は東京、
私は福岡で一年、
それから結婚を考えることにしたわけです。

ただ、管制官一年目のぺいぺいとはいえ
職業柄、出張で羽田に飛ぶことも少なくありませんでしたし
私用での飛行機移動に関しても優遇されていました。
土曜に東京へ飛んで、
日曜の最終で福岡に戻ることもありました。
JRがシンデレラエクスプレスなんてキャンペーンをはるずいぶん前に
こっちは空のシンデレラ気分です。(笑)
贅沢な恋でした。

で、当時、彼女の実家は麻布にありました。
住宅街に、大きくはないのですが、
洋式のすてきな一軒家で、
僕としてもなんか実家に帰ってくるような気がしていました。
仲の良い家族で、
気持ちのいい彼らの暖かさが
家の隅々にも溢れているというか、
私にとっても大切な場所だったと思います。

私の恋人はフランス文学を専攻していて、
カナダ人の先生からフランス語を教わっていました。
で、彼女の家の玄関には
そのカナダ人のフランス語教師が、
分けてくれた小さなサボテンが
鉢にいれられかざられていました。
私は植物にそれほど関心があるほうではないのですが
なぜかそのサボテンだけは好きというか、
気になってしまって、
恋人の実家を訪れるたびに
サボテンを意識していたのでしょう。
ある時、彼女が、福岡へ一緒にもって帰るようにと
小さなボーリングバッグに入れて持たせてきました。
「忙しくてちょっと水をあげ忘れても
枯れることはないから」、
私でも面倒をみれると言いたかったのでしょう。
深く考えもせず、預かることにしました。

ただ、羽田の荷物検査で若いの警備官に
「サボテンは凶器になりえます」と言われた時には、
さすがにもらって来なかったほうがよかったかなぁと
思いましたがね。(笑)

でもまぁ、
結局その女性とはそれから数ヶ月もせずに
別れることになってしまったんです。

理由ですか?
なんだったんでしょうかねぇ。
今でもよく分からない部分が大きいし
分からない方がいいかなぁと思ってもいるのですが。

ただ、一度嫁いで、最近戻ってきてしまった末の娘がね、
いつだったか、酒の席でですけどね、
「お父さんがその人と別れたのは
お父さんがサボテンを枯らしてしまったからだと思うわ」
なんてことを言うんですね。
どうなんでしょうねぇ?
そんなもんなんでしょうかねぇ。

ただ、長いこと私は、
東京で私と離れてみて、
彼女が、
私がいかにつまらない男かに気づいたからなんじゃないかって、
そんなふうにね、
漠然とですが考えていたんで、
娘とはいえ、
まっすぐな眼で
女性からそんなことを言われたら動揺はしてしまいますよ・・・。(笑)

しかし、人生なって不思議なものですね。
彼女と別れてしまったわけですから、
自衛隊に入隊しなおしてパイロットへの可能性もありましたし、
民間航空会社にパイロット候補生として
挑戦することもできたはずなんです。
でもね、私は結局、退官まで38年間を管制官で生きました。

そして、今はこの福岡の街で、
出戻りの娘が昼間預けていく孫とサボテンの世話をしているわけです。

サボテンは水をあげ忘れても枯れないと
ずいぶんと昔、
幼いながらも必死に愛した女性に言われました。
あれは、彼女の優しさであったし、
なんらかのSOSだったのかもしれません。
今となっては、それもわかりませんが・・・。
ただ、確かなことは、
あの時の私は、
枯れないはずのサボテンに
水をあげ過ぎて枯らしてしまったんです。

そんなふうにダメにしたサボテンを
「枯らした」というべきかは自信がありませんが。

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