キミハモウ、ボクノモノ
土曜日, 6月 9, 2007 at 11:39午前 お客さん、遅くまでお仕事ですか?
そうですか。ご苦労様ですねぇ。
いやぁ~私はもう今夜はこのまま回送です。
えぇ、もうこの時間じゃ客見つけるより
流してるガス代の方が高くなっちゃいますかね。
ちょっと前まではね、
頑張ればそこそこ稼げたのが
この業界だったんですけどねぇ、
今はもうだめですねぇ。
新規参入の自由化ってやつでね
街には空車のタクシーがあふれてますよ。
今夜はここらが潮時です。えぇ。
あれ?
いやあの、
お客さんそれって、
もしかして、iPodってやつですか?
お客さんもあれですか?
その中に、何千曲も、
なんていうんでしたっけか、
あの、ダウンロードしてあるんですか?
すみません。
名前は聞いたことがあったんですけど
実物をちゃんと見たのは数えるほどなもんで。
いや実はね、
中学生になる娘の友達に
ユキちゃんっていう子がいるんですけどね。
これが年中日焼けしてるせいで
スイカの種みたいな子なんですよ。
で、その子が娘のところに遊びに来たときに
挨拶してきた時に一度見ましてね、
あれがiPodっかって。えぇ。
いやぁ別に興味があるってわけじゃないんですけどね。
ちょっとおもしろい話を、
えぇ、そのiPodっていう奴に関して
最近聞いたばっかりだったもんでつい。えぇ。
ありゃたしかおとついだったかな。
九段下あたりから三軒茶屋まで
若い女性二人組みのお客さんを
お乗せした時の話なんです。
確か夕方頃だったはずですね。
遅めの昼食をとって、
最初に乗せた客さんが皇居の方にいそがれていて
その後でしたから。
そうですねぇ。年のころで言えば
20代後半から30代前半くらいでしょうか?
一人の女性はスーツ姿でね。
料金のほうもこちらの方がお支払いになりました。
若いのにとても丁寧な話し方をする方で、
とても好感のもてるっていうんですか、えぇ、
息子がいたらお嫁さんにしたいタイプって奴ですね。
ほら、あの、芸能人でいたでしょ。
父親が有名な歌舞伎役者の。
なんって言ったけかなぁ?分かりますか?
うーんどうも齢をとると、
こういう時にぱっと名前が出てこなくなっちゃって。
まぁいいですねそんなことは。
とにかくとても感じのいいお客さんだったんです。
で、その方のお連れの女性ですがね、
そちらの方は多少カジュアルな格好でした。
喋り方もね、どことなく子供っぽいと言うか。
試験がどうとか仰ってましたから、
もしかすると学生さんだったのかもしれませんね。
お二人ともね、
とてもくだけた感じで話されていて、
そうですねぇ仲の良いご友人って所でしょうね。
うーん。もしかしたら久しぶりに再会した
旧友ってやつだったのかなぁ。
もう本当によくお喋りされてましたから。
なんかしかしあれですね。
こんな話をすると、
いい年したおじさんが
若い女性のお客さんに興味津々みたいに
聞えちゃうかもしれませんね。
なんか嫌だなぁ。
どうぞ勘違いしないでくださいよ。
きょうびこのご時勢です。
別に、若い女性のお客さんが
珍しいわけじゃありませんし、
こちらも仕事ですから
普段は大抵お客さんの会話なんかに
必要以上に関心なんかもたないものなんです。
いやただね、この時は
その若いお嬢さんたちの会話が
ちょっとおもしろかったもんでね、
ついつい聞き耳を立ててしまったていう。えぇ。
お恥ずかしい話なんですけど。
というのもですね、
一人のお嬢さんがね、
今さっきのお客さんみたいに
カバンからiPodを取り出したんですよ。
まぁ正確にはその様子を見たわけじゃないんです、
ただ二人の会話でね。
えぇ、分かったんですよ。
ちょうど車内に流れていた有線放送の
音楽に及んでいた時ですね。
実は、うちの娘がね、iPodが欲しいって。
クラスの友達もみんなもっているんだよって。
ほら、さっきちょっと話した、
一番仲良しのユキちゃんって子もね
最近ついに買ってもらったそうでね。
「私も買って」ってなきつかれていたもんで。
それで、後部座席のお嬢さんがね、
まぁ齢はだいぶうちの娘よりも上でしょうが
偶然にもiPodってやつの話を始めたもんでね、
ついきになってしまって。えぇ。
車内にはね、なんっていったかなぁ?
ほらあの、おもしろい名前のグループ。
焼肉のメニューにありそうな。
本当にだめだなぁぜんぜん思い出せないや。
つい先日も、娘にこれくらい知らなきゃ
お父さんただの「オヤジ」だよ、
なんて言われて、
必死に覚えたばっかりなんですけどね。
えっ?なんですか?
あっそう。それそれです。
いやさすがお客さん。
若い方だけはありますねぇ。
そう、そのコブクロってグループです。
えぇ、かれらの曲がラジオから流れてきたんですね。
まぁこっちは、二人のお嬢さんが、
「あっコブクロだ」っていうんでね
分かったんですけどね。
そしたらね、ついさっきまで
この世の終わりがもう直ぐそこまで
きているのかってくらいの勢いで
話をしていたらお嬢さんたちがね、
急に静かになってしまって。
えぇ、もうどちらからっていうわけでもなく。
二人して、ぱたってね。
どうやら、そのコブクロさんの曲をね
聴いているらしいんですね。
それで静かになったらしいんです。えぇ。
数分ぐらいだったかなぁ。
次の曲にうつるまでね
不思議な静寂が流れてわけです。
で、曲がかわって
そしたらまた、堰を切ったように
話始めたんですけどね。
なんだかわかんないんですけど、私、ホッとしたりして。
えぇ。なんかねぇ。(笑)
で、その時なんです。
スーツ姿のお嬢さんがお連れさんに向かって、
「あの曲もってるんだけどなぁ~」って
すごくしんみりした声で言うんです。
あの曲っていうのはきっと
さっきまでラジオから流れていた
曲の事だと思うんですけどね。えぇ。
そしたらもう一人の子がこたえるように
「うん。私もiPodに入ってる」って言ってから
おもむろに自分のバックから、
そのれいの、iPodってやつを取り出して、
「なんか不思議だんねぇ~~」って
二人して、困ったような声を出しているんですよ。
うん?何が不思議なんだ??ってね、
正直私なんかにはちっとも要領を得ないわけです。
どうです?お客さんには分かりますか?
するとね、今度は
iPodを持っているほうの
お嬢さんが感慨深げに
おもしろいことを喋り始めたんですね。
「iPodって、自分の好きな曲だけを
ものすごい数を入れられて、
しかもどこへでも持っていけちゃうじゃん。
私なんか、いつのまにか
4千曲も入ってるし。
最初はすっごいねぇ~って
便利だよねぇ~って
素直に感動してただけなんだけど。
でも、最近思うんだけど・・・。
全部自分の好きな曲のはずなのに、
それでもやっぱり飽きちゃうんだなぁって」
「すっごいわかるそれ」
「だって私、ここのところなんか
iPodの中の、ほとんどの曲は聴かないもん」
「全部自分が選んだ曲なのにねぇ~。
飽きちゃうんだよねぇ」
ここでまたいったん沈黙です。
それから少したって、
スーツ姿のお嬢さんがおもむろに
口を開きまして、
「でもさぁ。そのくせ、今みたいに、
偶然ラジオとかから流れてくると
なんか聴いちゃうんだよねぇ。
『あぁやっぱり、いい曲だなぁ~』って」
「ねぇ~~」
「コブクロの曲なんて、
もちろんiPodにも入ってるし
滅多に聴かないのになぁ・・・」
そうやって、二人は三軒茶屋で降りるまで
「不思議だよね」って首を傾げあっているんです。
お客さん、そんなことを
若いお嬢さんが真剣に考えているわけですよ。
私は、なんだかどうもおかしくなってしまって。
どんなに好きな曲でも
自分のものになった途端に飽きはじめちゃうって
悩んでいるわけです。
なんていうか、
いわゆる人間の悲しいさがみたいなものをねぇ
iPodに見出しちゃうんですよ今の子達は。
そしたらふいに、うちの娘もね、
こうやって大人になっていくのかってね
なんか妙に納得してしまいましたよ。
お恥ずかしいですけど、えぇ。(笑)
iPodにどんどん音楽を取り込んでいくように、
ちょっと気に入ったものを手に入れようと必死になったり、
好きになった人を自分に振り向かせることに躍起なったりね。
持っていることにただただ安心して、
そこに自由や可能性なんかを見出した気になってね、
あふれんばかりの選択肢の中で
実は多くを失っていることにも気がつかないなんていうふにね。
そうやって自分の中に増えていった
なにかに、でも、どこかでちっとも満足していない・・・みたいにね。
いやぁ~なんかすみませんねぇ、
くだらない話を長々としちゃって。
お疲れのところだったのに。
あっそうそう、ところで、お客さん。
お客さんの、そのiPodには
どれくらいの曲が入っているんですか?

Reader Comments (1)
だから私はipod shuffleが好きなんだぁ。「次はなんの曲だろう?」ってわくわくしながら聞いてます。