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水曜日
6062007

僕は君の中で二度死ねる

私はね、マスター、
最近こんなふうに思うわけ。

自分にとって大切な存在っているじゃない。
その相手が本当に大切な人ならば、
たとえこの先はお互いに違う道を生きて行くとしても
自分のことを憶えていてもらいたいっていう、
そんなせつない欲求って
誰しもがどこかでもっているんじゃないかって。
好きな人、愛した人、
心を持った人間なんだから
誰にでもいろいろあるじゃないって。
マスター、私はもうつくづくそう思うわけ。

ねぇマスター。聞いてる?

というのもこないだね、
久しぶりに昼間から映画を見てきたの。
神保町の古い映画館でね、
たった一人で行ったわ。
もう神田なんかに出向くの
すっごい久しぶりだから
行こうかどうかすっごく迷ったんだけど。

うちのお店の馴染みのお客さんが、
実は神田で小さな商売をされている
社長さんなんですけど。
その社長さんがね、
先日二度目の不渡りを出しちゃって
とうとう会社をたたんで
田舎に帰られるっていうことになって、
ささやかですけど今までひいきにしていただいたお礼に
お店でお別れ会を開いたんです。
その時にね、社長さんが
「もうママに何もあげられるものないけど」って
酷く酔っ払いながら
しわくちゃの財布から
綺麗に二つ折りになった
映画の招待券を取り出して
一枚だけくださったのよ。
本当は自分で見に行こうって
思ってらしたらしいんですけどね、
会社や引っ越しなんかのゴタゴタで
時間がないからって。
「ママかわりに行ってきてよ」って。

マスター。正直ね。私上手くお礼が言えなかった。
だって数年前なら、
仕事で行った外国のお土産だよって
ブランドもののバックとか時計とか
バンバンお店の子とかに配っていたような人がね、
最後には映画のチケットを一枚よこすんですよ。
なんだかすごく複雑な気分になっちゃって。
しかもね、
その時のボロボロのお財布がね、
悪いもの見ちゃったなって。
女は男性のそういう
無理しているところを
見てみぬふりしないと
せつなくなっちゃうでしょ。

そう思ったら、もうこれまでのように
頂き物を粗末には出来ないなって、
銀座の女にしては珍しいことを思っちゃたわけ。
きっとあの擦り切れたお財布に
私たちは長いこと食べさしてもらってきたわけでしょ。
なんだかね、そんなこと思ったら
神田までだって
映画を見に行くくらいなんだって
そう思えてきたのね。

で、その映画がね、なんだかちょっと
不思議な作品なんですけど、すごくよくって。
邦画でね、一人の女性の
太平洋戦争のお話なんです。

でね、そのチケットをくださった社長さんって人は
お店でも結構お上手に遊んでる方のくせに
いっつも奥さんの写真を持ち歩いていて、
なにかっていうと人に見せたがるような方でね。
お店での態度もとっても紳士的でしたし、
いったら西洋的なダンディズムっていうのかしら、
最近じゃあまりみかけなくなった
気持ちのよい身のこなしをされる方で。
そんなふうに私は勝手に感じていたものだから、
ちょっとそんな社長さんから
戦争映画のイメージが
うまく結びつかなかったていうか・・・。

でもね、映画が始まって
徐々にどうしてこの映画を社長さんは
見たかったのかなっていうのが
薄っすらですけどわかってきたっていうか。
私なんかに上手く説明できるか
正直ちょっと自身がないんですけどね。

その主人公の女性が、
お話の中ではすごく高齢なんですけど、
女学生だった戦時中を回想するです。
とても淡々としているんですけど
その中でとっても印象的なシーンがあって。
それはどんなシーンかっていうと
戦争中に一人の若い士官の方と
女学生だった主人公が出会うんですね。
今で考えたら、もう信じられないくらい
硬派な出会いなんですけど、
まぁそこは言っても男と女ですから、
何かが始まりそうな
そんな期待を伴って出会うわけ。

男の方はでも空襲で家族を失っていて
孤独とか寂しさみたいな影をもっているんです。
で、まぁ女なんかからしたら
そこは結構惹かれちゃうところなんだけど、
男は結局、主人公との関係を発展させる前に
戦死してしまうんですね。
きっとあの時代は、あっさりと人が死んだのよね。
で、その若い士官は自分が死ぬ直前に
彼女にいうセリフがあるんだけど、
それがなんだかとっても印象的なの。

「どうか自分がこの世に生きていたことを
覚えていてほしい」って。

もうこれって最高の殺し文句だと思わない、マスター?
そりゃ戦争っていう非日常が隣り合わせにあって
その中で必死に人を愛しているから
そんなことを頼めるわけだけど。
言えないわよね、そんなことなかなか。
だって、これってようは、
自分の愛した人の人生を縛るってことなんだから。

でもそれは時代なのかしらね、
男も女もみんな
今よりも少しだけ
まっすぐっていうか、
自分以外の誰かに対して寛大だったのかな。
だって、その女学生は
死んでしまった若い士官との
せつない約束を必死に守って、
もう本当にちゃんと守ってね、
それからをずっと生きていくわけなの。

これがこの映画の描く戦争や戦後なんです。
正直ね、お店にいらっしゃるお客さんの中には
難しいお話なんかをされ方も結構おられますからね
こちらも都合上、多少の教養はね、
もちろんお酒の席での教養ですけどね、
そういうのは持ち合わせてますよ。
でも、「戦後」なんて、
これまでは、どこかで一言で片付いてしまう
そんなぼやけた時間にしか
思っていたなかったのよね。きっと。
でも、そこには
ほんの少しの想い出を
ちゃんと忘れずに生きている
そんな人生があったんだなぁって。
そこに流れてきたのは、
私なんかは間違いなく
途方にくれてしまいそうにな時間なのよね。
そうやって、一人の女が生きてきたのかって。
これってもう、経済大国とか先進国なんていう、
なんかもうそういう大そうな考えなんかよりも
ずっと圧倒的なのよね。重みっていうのかしら。
うん、そうきっといろんな重みよね。

で、その主人公が今は、老いてしまって
認知症におかされはじめてしまっているっていうことが
徐々に発覚していくわけ。
残酷よね、これって。
だってそうでしょ。
もっとも大切なものを、彼女は生きながらにして
奪われるわけじゃない?
大好きだった人とのほんの少しの思い出よ。
でね、そのことを知った老女が涙を流しながらいうわけ。
「私が忘れたら、あの人は二度死ぬことになる」って。

マスター、これって泣けるでしょ?

私なんか、もう本当に鳥肌立っちゃって。
これは映画なんだ、フィクションなんだ、嘘っぱちなんだぞって
自分に言い聞かせようとするんだけど、
だめね。もう本当に心がつかまれちゃってるんだもの。
こんなに重い人生があるんだなぁって。
生きるとか愛するって
本当はすごく重いことなんだなぁって。

そういう映画だったんです。

ねぇマスター。夜の世界って、
露骨な人の浮き沈みを嫌でも見たりすると思わない?
人の価値はいつだってその時の羽振りのよさできまってしまうし
金に群がる者も、群がられる者も
この世界の闇みたいなものを知っているつもりじゃない。
ようはそれが商売なんだから、
せいぜい自分の足元はすくわれないようにって
みんな必死なわけだし。

でもね、マスター、
あたしね、
本当の闇って、
そんなちっぽけなものじゃ
ないんじゃないかなぁーって
そんなふうに思っちゃった。
映画見て、
感傷的になって、
学もないのに馬鹿げたことを言っているって
笑ってくれてもいいんだけど、
でもそう思っちゃったのよ。
本当の闇はきっと
いつも私たちの心の中に
あるのかもしれないなぁって。
言葉にしちゃうと
なんだかとっても安っぽい言い方だけど。

こんなこと言うのって変かしらね?
でもね、なんでそんな風に思うかっていうのだけは
聞いてくれる?

だってマスター、
私ね、
自分はこれまで
映画の中の老女や、神田の社長さんのように
「僕は君の中で二度死ねる」って
言ってくれたり、
逆に自分が言えるような
そんな人に出会えてきたのかなって、
そんなことを自分自身に尋ねる勇気なんてないもの。

ねぇマスター?
あなたはどう思うの?

Reader Comments (1)

ヒロくん、これ、ステキね。花束渡したいくらいよ。こういうの書き続けてね。

6月 7, 2007 | Unregistered Commenterサキ

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