木曜日
5082008

第十六章「ワンナイトスタンド」

“Give a man a fish ; you have fed him for today.
Teach a man to fish ; and you have fed him for a lifetime”-Chinese proverb

グレゴリ ー は遅刻の常習犯である。

最近 高校 を出たばかりの19歳。
現在、エグゼクティブに出入りする博徒の中では、一番の新米だ。
雪が降り始めたら直に出社がルールのフランク一家だが、
降り始めの数時間に彼が姿を現すことはまずまれだった。
それでいて遅れてやってきても悪びれる様子もなければ、
言い訳を述べたりもしない。

困ったことに、そこへきて職務態度もかんばしくない。
仕事の間も、携帯電話で誰かと喋っている。
大抵は前の週末にでも踊りに出かけた先のクラブで出合った女の子らしい。
朝も夜も関係なく、
発情期のお猿さんみたいでなかなか涙ぐましい努力ではある。

「仕事にも同じくらいのとは言わないまでも、
その半分のやる気と粘り強さを発揮してくれたら」

彼に仕事を仕込み監督しているブラッドがオフィスでキャリーにもらしていた。

そんな二人を含めたフランク一家の主だった面々が興味深いことに、
グレゴリーには一様の期待と寛容さを抱いていた。
彼がどんなに遅刻を続けてもキャリーは彼に仕事を回し続け、
フランクはパートタイムで働いている彼の健康保険の費用を特別に持っていたし、
ベンはメカニックとしてのいろはを根気強く教え込んでいた。
そしてそれらグレゴリーに対する破格の対応に、
誰も異を唱えることも不平を述べることもなかった。
それもこれも、皆が彼に早く独り立ちした父親になってもらいたかったからだった。

そう、彼にはなんと、もうすぐ3歳になる娘がいたのだ。

「子供が子供の親になっただけ」

フランクがそう口にしなくても、それは誰の目にも明らかだった。

アメリカ の主だった都市部の公立ハイスクールは、
日本人の僕には、にわかには信じられないくらい複雑で難しい問題で溢れている。
登校時、校舎に入るのに
空港などに設置されているのと同じ金属探知機をくぐらなければならないし、
校内は銃や警防を所持した市警の制服警察官が駐在しており、
問題を起こせば教師ではなく彼らが子供たちに直接対応することになるそうだ。
それでも校内への銃やナイフなどの持込は防ぎきれないし、
ドラッグは当然のごとく蔓延している。
無論、郊外の学校や高い授業料を払って通う私立の学校が、
これらの問題とは無縁かといえばそうではない。
それでも、近所を歩いていて、窓に鉄格子がはめられた校舎を眺めるたび、
こんな施設で学ぶ思春期の彼らの世界が、僕には想像できなくなってしまう。

グレゴリーは移民の多く暮らすクイーンズ行政区でも、
現在最も治安が悪い一角に挙げられる
サウス・ジャマイカと呼ばれる地区で生まれ育った。
数年前には、同地区のナイトクラブで結婚式前夜の新郎が友人たちと飲んだ帰りに、
複数の覆面警官に射殺されるという事件が世間の大きな注目を集めたりもした。
今でも生花とロウソクの火が絶えない事件現場は、
グレゴリーの部屋からもよく見える場所だった。
僕も一度、仕事に遅れている彼を向かいに
彼の暮らす一角に寄ったことがあるが、
歩道には昼間からドラッグディーラーらしき連中と
ヒスパニック系ギャンググループの少年たちがたむろしており、
付近を巡回中のパトカーと頻繁にすれ違うという、
なかなかの緊張感が漂っていた。

そんな街で、彼は両親の暮らす低所得者用住居、
通称「プロジェクト」の一室で生活していた。
両親はドミニカ共和国からの移民一世で、
彼自身は、スペイン語よりも英語の方が得意な移民二世である。

16歳だったグレゴリーが彼女と寝たのは、たぶんお酒のせいだった。
いわゆるワンナイトスタンドといったところだろうか。
別に好きだったわけじゃない。
友達の家のパティーで出会って、
知らない間にベッドにふたりで寝ていただけだ。
そんな軽い関係のはずだったのに、
神様が気をきかせてくれたのか、赤ちゃんができてしまった。

でも、カトリック教徒の彼女には、お腹の子供をおろすことはできなかった。
家族の反対を押し切り、
若くナイーブな二人はお腹の子供を生む決心をしてしました。
そして生んだ後は、どこかのいい家庭にアダプトしてもらうつもりだった。
彼らにはそれがもっとも正しい答えに思えたのだ。
ものすごく限られた選択肢の中では。

数ヵ月後、元気な女の子が生まれた。
その子は、彼女そっくりの大きな瞳の赤ちゃんだった。
二人はその子をエイプリルと名づけた。
その子が四月の最初の朝に生まれたからだ。

でも、青い瞳のエイプリルはすぐにもらわれていってしまった。
カレンダーはまだ四月のままだった。

その晩、二人は泣いた。


「もしお前がある人に一匹の魚を与えたなら、
お前はその人の腹を一日だけ満たすことできるだろう。
でも、もしお前がその人に魚の釣り方を教えるなら、
その人のお腹を一生満たすことができるのだ」 。

そんな中国の有名な格言がある。
フランクを始めとする面々はグレゴリーに釣り竿を与え、
その使いかたを教えようとしていたのかもしれない。
僕は一度、「違うかい?」と二人に尋ねたことがあった。
当時、キャリー自身も結婚して、奥さんが一人目の娘を妊娠していた時期だった。

彼は僕の質問にすぐには答えず、ただ何度も小さくうなずくばかりだった。
それから、「そんなに立派なことじゃない」 とゆっくり二度そう言った。

「そんなに立派なことじゃない」と。

そしてまた黙ってしまった。
それから、フランクがその後を引き継いでこう言った。

「たとえ俺たちがあいつに魚の釣り方を教えることができたとしても、
あいつが生きていかなければならない世界では、
きっとそれだけじゃ駄目なんだ。
釣り上げた魚で自分の腹を満たしているだけじゃ、
あいつも娘も、あそこからは一生這い出せない。
釣った魚を誰かに売りつけて、
自分はステーキを食べてやるってくらいじゃなければ」 。

フランクが生まれ育った街は今のグレゴリーが暮らす地域からもそう遠くはなかった。
当時を知る人によれば、そうとう劣悪な環境だったそうだ。

一度 、グレゴリーは僕に、3歳になった娘の写真を見せてくれたことがあった。

「向こうの家族が、時々送ってきてくれるんだ」。

その写真には、かぼちゃに腰掛けた女の子が写っていた。
彼はうれしそうにその写真をながめていた。
その横顔は、たとえ年に数えるほどしか会えない関係であっても、父親のそれだった。

僕らの目の前、古くなったワイパーが音を立てながら慌しく動いている。
歩道に降り積もる雪はもうすでにくるぶしくらいまでに達していた。
汚れた街が、月明かりを照り返す白銀の明るい世界では、美しく見えた。
この景色の中で、なにか見つけ、なにか手に入れるのは
誰でもなく彼自身であり、そして僕自身なのだった。

(続く)