ニューヨークの秘密基地

土曜日
3032007

である

「ダビンチコード」という同名の小説をもとにした映画が世界中で上映されて話題になっていたのである。僕はクリスチャンなので個人的にはこの映画を見るつもりがないのだが、トム・ハンクスという役者はかなり好きなので映画の評判とか売り上げとかがちょっと気になってしまうのである。

僕はトム・ハンクスの「グリーンマイル」や「アポロ13」がオールタイムフェイバリットであるし、「プライベートライアン」や「フィラデルフィア」を見ていたく感動したたちなのである。中学生の時にメグライアンを日本語で吹き替えしている声に吐き気を覚えて以来、彼女の映画があまり得意ではないので「ユーガットメール」は微妙だとしても、「めぐり逢えたら」は大好きなのである。そしてそして、トムの映画ではやはりなによりも「フォレストガンプ」が一番のお気に入りなのである。

「フォレストガンプ」をメグライアンに幻滅した同じ中学時代に給食中の校内放送で見て以来、僕はトムにはまったのである。芝居の上手さに真剣に感動したのである。この時僕は「危ない刑事」のキョウヘイ・シバタを卒業し、トムに入学したのである。トムは姉妹都市みたいなものなのである。そして振り返れば、それが思春期の始まりだったのである。

ご存知のように「フォレストガンプ」の筋書きはストーリーテリングである。ベンチに座りバスを待つトムが、そこで出会う人々に自分の昔話を語るのである。

そう、僕がいまだにストーリーテリングが好きなのも、もとをたどればこの映画を見てストーリーテリングの世界に感化されたからなのである。けっして「となりのトトロ」にはまっていたからではないのである。その辺は十分にあしからずなのである。

そしてまた、僕は「フォレストガンプ」を見て以来、いたくベンチというものに惹かれているのである。ベンチである。人が座るあれである。

子供の頃に、天敵だった内藤君という子が、クラスのだれそれの家には白いベンツ(高級車。惜しいが一文字違いである)がいっぱいあるんだぜ、すげぇ~よなぁ~と言っていた時、純情な田舎少年だった僕はペンキ塗りたての真っ白いベンチを想像して、いたくうらやましいと思ったのである。もちろん、後でおおっ恥じもかいたのである。

しかしあの頃から、僕は仲間や好きな人と同じ景色を見つめるのなら「俄然一つ同じベンチに座って」なのである。告白すると、僕が制服を着ている頃に人生初のデートで行った貝塚公園にはベンチが一つあっただけなのである。そこからはナイスな景色を見渡せたのである。相手の手を握るにはさりげなく素敵な距離を、そのベンチと工業団地へと沈む夕日はご提供してくれたのである。あれは20分だけの青春だったのである。僕は今も、あんな恋を追い求めている風潮があるのである。ちっとも成長していないのである。

さて最近、そんなベンチへの熱い想いを一つの形にしようと思い、「世界ベンチ愛好協会」なるNGO組織を立ち上げたのである。事務局は我が家である。目下お小遣いをためて、ベンチを一台ぜひ我が家に買いたいものなのである。ついでに、ダイスケにでも頼んで素敵な代表の名刺を作ってもらおうと考えているのである。むろんタダ働きである。

そういえば矢野の姉貴のスタジオには、階段を上りきったところに一台のベンチが置いてあったのである。そこから眺めるグランドピアノと彼女は、息を呑むほどにカッコいいツーショットなのである。「ピアノが愛した女」というフレーズは、そんな時大きな意味を持って僕の中に浮かび上がってきたのである、なんて純文学的な言い方をしてみるのである。本当は、この人は相当にいい感性をもっているなとそんな景色をベンチに座りながら眺めて、僕は思ったしだいなのである。でも、そんなことは怖くて言っていないのである。

うーん、やっぱり僕もベンチが欲しいのである。

最後に僕のお気に入りにベンチを教えるのである。

チェルシーに行った帰りバスを待つ停留所があるのである。その目の前に、ちいさな本屋さんが一軒あるのである。なぜか「192」と書いてあるのである。その本屋さんの中には、摩訶不思議なベンチが一つ置いてあるのである。僕はたびたびそのベンチに座り、ちっともこないバスを待ったりするのである。インクの匂いが相棒なのである。

そんな時、僕は一人でもけっこう幸せなのである。

でも、できたらあの子にもこのベンチのことを教えてあげたいと思ったりもするのである。僕はそこに座って、君に語りたいお話がいっぱいいっぱいあるのである。

である。

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土曜日
3032007

ニューヨークの秘密基地

昔見たある映画の中に今でも忘れられないシーンがある。それは都会で夫と二人で暮らす主人公の中年女性がわけあって義理の母親を尋ねて田舎の小さな街を訪れる。そこで本人の意思に反するかたちでそこでひと夏を過ごすはめになるというものだった。年齢のわりに頭がシャープでちょっと気難しい姑との間に存在する不思議な確執や慣れない土地での習慣の違いなどに主人公がコミカルに翻弄されながら話はゆっくりと展開していく。

ストーリーの中盤で姑がアルツハイマー病に犯され始めていることが明らかになると話は一気に加速しエンディングへと突き進むのだが、そのクライマックスで姑が主人公にチキンパイのレシピを教えるシーンがある。それは夏を一緒に過ごし、それまでお互いに抱いていたボタンの掛け違いのような勘違いや感情のもつれが少しずつだがとけ始めていることを暗示するものだ。しかしそれは同時に、わかりあい始めた気持ちがとてもせつない感情を共有することになるというとても印象的なシーンでもあった。

姑は、「この小さな街で、私が人からうらやましがられるものを三つだけもっている」と語る。「働き者で優しい夫と、国のお金で弁護士になった息子、そして二人が大好きなこのチキンパイのレシピ」。夫は数年前すでに病気で他界しており、都会で弁護士をしている息子は忙しさにかまけてここ数年老いた母親と感謝祭に七面鳥を囲むことはなくなっていた。そして今、病が老女から最後の誇りをも奪おうとしているのである。それでも姑は愚痴を述べるのではなく、田舎の女性の価値観を否定してきた主人公に、チキンパイのレシピを教え託すのである。


どこかの街を歩く時にあなたやぼくが見つける景色。凄く大切なそんな秘密の場所を、「だれにも内緒だよ」といいながら誰かに教えてあげたくる、そんな気持ち。大切な場所だから住所や電話番号は教えない。グーグルマップはやめて、「のっぽの郵便ポストがある角を曲がって」という手書きの地図。「地球の歩き方」じゃ伝わらない、そんなあなたの街の秘密基地。本当に興味がある人だけが、自分の足で街を歩いて探して欲しい。

見つける楽しみを奪わない、そんなあなたの秘密基地を内緒で教えてくれませんか。