<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<!--Generated by Squarespace Site Server v5.11.81 (http://www.squarespace.com/) on Sun, 19 Feb 2012 14:36:09 GMT--><feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>みかん</title><subtitle>みかん</subtitle><id>http://www.creative-platform.com/mikan1/</id><link rel="alternate" type="application/xhtml+xml" href="http://www.creative-platform.com/mikan1/"/><link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.creative-platform.com/mikan1/atom.xml"/><updated>2007-03-04T00:29:21Z</updated><generator uri="http://www.squarespace.com/" version="Squarespace Site Server v5.11.81 (http://www.squarespace.com/)">Squarespace</generator><entry><title>みかん</title><id>http://www.creative-platform.com/mikan1/2007/3/3/942212.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/mikan1/2007/3/3/942212.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2007-03-04T00:28:26Z</published><updated>2007-03-04T00:28:26Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>僕の通った小学校の給食メニューには「冷凍みかん」という一品があって子供たちの人気をはくしていました。それはどんなデザートかというと、みかんがまるまる一個もぎたての姿のままで冷凍されているだけのなんのことはないものなのです。そいつを給食当番のクラスメートが「はいよ」とおぼんの上にボンと乗せてくれるわけです。ある意味、そのプレゼンテーションの潔さはわびさびの世界観にもたっするものとして、当時の僕には強烈な印象を抱かせる給食界の裏番長だったわけです。</p><p>さて当時僕には桜井君という親友がいて、その彼がある日この冷凍みかんを前にして非常に興味深い試みの出たことがありました。そのため、それからに１５年近くたった今でも僕は冷凍みかんにまつわる不思議な影を捉えてみたいと駆り立てられたりしているのです。</p><p>問題の事件はもうすぐ夏休みという梅雨明けの済んだ初夏の日の平和な教室で起きました。普段のように和気藹々と給食を楽しんでいた僕らの前にはそれぞれ一つずつの冷凍みかんが配られていました。出席番号順で席決めを行われると、桜井、佐藤とかならず前後の席で給食の班は常に一緒になっていた僕らはその日もテープが擦り切れるほど見ていた長州対天龍の武道館決戦にかんする終わらないプロレス談義に盛り上がっていたのです。きっと早食いの桜井君の食事はデザートの冷凍みかんに差し掛かっていたのでしょう。突然桜井君がちょっと遠くを見つめた目つきをしながら僕にだけ聞える小さな声で、「このみかんをまるまる一個一口で食べてみたいなぁ」としみじみと言ったのです。<br /><br />「痩せの大食い」として学年中から評判で上級生かも一目置かれていた当時の桜井君は、何を隠そうこの冷凍みかんなる摩訶不思議なデザートが大好きだったのであります。しかし冷凍とはいえ所詮はみかん、皮をむいて一房ずつ食するのがその扱い方の王道であることには変りはありませんでした。そいつを無視して「これを一口でガブって食べたいなぁ」と桜井君は壮大でアナーキーな野望を抱いていたのですから、僕は驚きました。そんな大切なこと、親友の僕ですら知らなかったのです。<br /><br />いつまでも東校舎へと繋がる二階の渡り廊下のほうを窓越しに見詰める親友の哀愁を漂わせた顔を見ていた僕が、「じゃぁ僕のをあげるから、思い切りお食べよ」と言わずにはいられなかった気持ちを、皆さんには理解していただけるでしょうか。冷凍みかんを一口で食べてみたいと渇望する親友と、小学生にして虫歯がひどく治療中の奥歯にしみそうなデザートにそれほど興味のなかった僕。友情とは助け合いであり、義務教育の可能性とは需要と供給の原理の体験的教育以外の何物でもないのです。<br /><br />というわけで、僕のおぼんから冷凍みかんをありがたくちょうだいした桜井君は、まずみかんの上に「ぽつ」とついている緑色のほくろみたいなやつ（「へた」と呼んでいたもの）をとって裏返し、そこに刻まれた筋の数から今まさに彼が食しようとしているみかんの房の数を数え上げました。それも全て、「でも９房を一口で食べちゃうもんねぇ」的な優越感に浸るためですから、芸が細かい。皮をむかれ外衣を奪われた冷凍みかんは寒さに震えていましたが、そんなことはお構いなしの桜井君であるわけで、彼は僕を一瞥し「では」といった最大級の感謝の気持ちを熱い視線であらわしてから、大きくあけた口にみかんを一気に放り込んだのです。</p><p>「シャリシャリシャリ」という初夏の教室にはとっても不釣合いな音と、満面の笑みの桜井君。そのあまりにもミスマッチな情景の異常さは隣の席でことの一部始終を見ていた僕にしか気づかれないものだったでしょう。教室には僕らの世界を取り残して、いつもの平和な時間が流れていました。途中、口の中を占めるみかんの大きさのため、飲み込むまでに息苦しさを感じて「うげっ」となった親友は、僕が「鼻、鼻、鼻（鼻で息を吸えという意味）」と教えるまで若干の酸欠に陥っていました。そしてそのため目じりから涙がうっすら流れていたわけです。その全てが僕の中でだけで生きる思い出です。「シャリシャリシャリ」という背筋の凍るような音と、涙を流しながら夢を達成した親友。それは本当に不思議な情景でした。<br /><br /><br />世の中にあふれている摩訶不思議な気持ち。言葉は人が作り出した道具です。どんなに言葉が洗練されていっても、人の気持ちを完全に表現するまでには達しえません。言葉にならない僕や彼らのそんな想いを、あえて言葉で表してみたい。日々出会う不思議な気持を忘れないようにと挟み込んだ心のしおりを「しおり製作所」で、そこからさらに発展したストーリーを「みかん」で書けないだろうか。その試行錯誤中で誰かの心に届く言葉を紡ぐことへの可能性を求めてみようという試みが、この「みかん」での挑戦であり目的です。<br /><br />「みかん」というタイトルは、僕の中で今も温もりを失わない不思議な思い出のみかんであり、同時に完成されていない言葉で想いを表すという意味の「未完」のみかんという思いをこめてつけました。<br /><br />未完の情景の世界へようこそ。</p>
]]></content></entry></feed>
