第九章「消えた大風呂敷」
日曜日, 3月 30, 2008 at 1:53午前 僕の二年目の冬は、デネンから講義を受けて過ぎていった。
同時に、ここまで細かく「エグゼクティブ」の博打の世界を説明できる彼が、
父親や兄貴がのめり込む勝負の世界を毛嫌いするのが興味深くもあった。
僕がもっとも頻繁にデネンとコンビを組んだ当時、
デネンの夢はテレビゲームのプログラマーから消防士へと変わっていた。
それでも彼はあいかわらず説得力の薄い夢を抱いていたのだ。
それは九月十一日のテロ事件が起きた後の冬のことで、
飛行機が衝突し、
煙を上げながら燃える世界貿易センタービルへと向かった消防士たちを
アメリカの英雄だと称えるメディアに感化されたのかもしれない。
さらに翌年になると、デネンは海外で英語を教えるのも悪くないかなと言い出していた。
アメリカはおろかニュージャージー州から他州へと出ることも稀な
出不精の男がそんなことを言いだしたのである。
デネンの夢は毎年変わる。そのことを誰もが知っていた。
そして「エグゼクティブ」の古株なら、
この憎めない次男坊の本当の夢も知ってもいただろう。
プログラマーも消防士も、英語教師だって、
それらはデネンの本当の夢なんかではなかったはずだと。
デネンはただ親父や兄貴とは違った道を進みたかっただけなのだ。
フランクやキャリーの世界から、そしてその未来から消えたい。
それこそがデネンの本当の夢だった。
もちろん誰も、口だけで行動力の伴わない彼が、
フランクのもとを離れて、
彼の言う「なにか本当にやりたいこと」を見つけだせると思ってはいなかった……。
四年目の冬、そんなデネンの姿が雪の世界から、突然消えた。
ベースの二階にある心地の良いソファーの上にも
トラックの助手席にも彼の姿は見つからなくなったのだ。
「仕事をしなくても首にならない男」と呼ばれていた彼が、
とうとう首になったのかと、
ベースの一階ではちょっとした話題にすらなっていた。
僕はその年、毎回雪が降ってベースへと顔を出すたびにデネンの姿を探した。
だが彼を見かけることは一度としてなかった。
その前年くらいから、僕は以前よりも仕事のきついルートの運転を担当するようになり、
それに伴ってデネンよりも仕事を真面目にこなすシャベルをあてがわれるようになっていた。
おのずとデネンと雪の現場で言葉を交わす機会が減っていた。
キャリーの話では、僕とのコンビを離れたデネンをフランクは
巨大モールの監督をしているブラッドのもとで働かせるようにさせていたという。
ブラッドはフランクの古い友人だから、デネンのこともよく理解していたためだろう。
しかしデネンが消えた年、ブラッドのもとにもデネンの姿はなかった。
「キャリーよ。デネンはどうしたんだよ?」
一度、そう訊いた僕に兄貴はなんだか嬉しそうにニコニコしているだけで何も答えなかった。
やがて僕は自分の中でとても面白い感情に気がつくようになっていた。
僕は毎回デネンを探すふりをしながら、心の中では同時に、
彼が見つからなければいいと願っていたのだ。
しまいには、雪が降るたびにデネンを見かけないと安心までするようになっていた。
それはなんだかとても喜ばしい思いですらあった。
キャリーはそんな僕の想いに気づいていたから、
または、彼もどこか同じような想いだったから何も言わなかったのかもしれない。
どうやらデネンは本当に冬の博打の世界からきれいさっぱりと足を洗ってしまったらしい。
デネンの夢はもしかしたら叶っちまったのかもしれない。
それがなんだかうれしかったのだ。
(続く)
佐藤寛孝 |
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