コモエスタ・ムラヤマさん
水曜日, 3月 5, 2008 at 1:29午前 南米おいしいもの特派員のヒロでございます。
現在私は、六ヶ月の潜入旅行を終え、
荒れたお腹を癒すためいったんニューヨークへと
帰ってきておるわけなのですが、
次なる任務に就く前に報告しておくべき
情報を少々アップさせていただきやんす。
いま思い出しましても
それは本当に恐ろしい出来事でありました。
以下、ペルーでの出来事であります。
インカコーラとの衝撃的なデビュー戦を
からくも判定勝ちでいなし、
リマの安宿にてクスコ、マチュピチュ行きの
チャンスをうかがっていた私のもとに、
一本の電話がありました。
電話の主は、リマで知り合ったナイスファミリーの長、
日系4世のムラヤマさん(43歳)でありました。
以下、スペイン語での会話の再現。
む「もしもし。(これだけは日本語)ヒロさんですか?」
ヒ「オーラ。コモエスタ?ムラヤマさん。」
む「ヒロさん。今日は、あなたのアミーゴスが
ニューヨークからやってくる大切な日でしたよね?」
ヒ「シーシー。ムラヤマさん。シーです。」
む「ムイ・マーブレ。
では、こんやはぜひミカサでディナーをしましょう!
うちの妻がうでによりをかけて
おもてなししますから(←最後の「ら」はあくまでも巻き舌で)。」
ヒ「ムーチョス・グラシアス。ムラヤマさん。」
私は異国の地で受けた優しいおもてなしに感謝すると共に
日本語をしゃべらないとはいえそこは日系人、
今夜は久しぶりの日本食ねってことで大いなる期待を胸に、
ニューヨークからやってきたばかりの二人の友を連れて
コモエスタ・ムラヤマさんを尋ねて行ったのであります。
む「おーー遠いところよく来てくれました〜〜〜。
今夜は大いに我々の祖先、そして未来について
語り明かそうではありませんか〜〜。」
てきなことを言ったかどうかはわかりませんが、
定刻七時にリマの夜の怪しくも和やかな宴は始まったわけであります。
む「皆さん。今夜のメインは我がムラヤマ家の曾祖父の故郷
高知の郷土料理、かつおのたたきに地酒『土佐酒』ですぞ」
的な、素敵なオイラの夢はあっさり裏切られ、
アンティチョーク
(リマのホルモン系串焼き。牛さんの心臓とかに
緑色した辛いソースをかけて食べるらしい)、![]()
セービチェ
(ライムのきいた魚介類のマリネ。
肉、肉、肉の南米ではありがたい、リフレッシュ系前菜の王様なのだ)![]()
タマル
( とうもろこしの粉の生地にひき肉や野菜、
調味料、ゆで卵などを混ぜてとうもろこしの皮に包んでゆでたもの。
余談だが、オイラの通った桜小学校には田丸(タマル)さんという
信じられないくらい美人の六年生がいたのである。)![]()
カウカウ
(牛さんのハチノスをイモなどと煮込んで
ターメリックなどで味付けしたペルーのおふくろの味。)![]()
という、完全無欠のリマ郷土料理であったわけです。![]()
もちろんのどの渇きは
最強ミックスジュースでリフレッシュです。
信じられないくらい美味しい南米のフルーツを
惜しげもなくあれやこれやと「ウィーン」としちゃっただけの
素朴なのに感動的なジュースであります。
世界一の焼き肉を食べるためだけに
月一でソウルへと日帰りで飛ぶ
多忙のビジネスマンを知っておりますが、
私はこのミックスジュースを飲むためになら
ペルーに移住してもいいかもってくらいでやんす。![]()
↑ムラヤマさんちの宴で知り合ったリマの少年。
ヒロ特派員のトレードマーク、
「ショウジメガネ」をかけてカウカウと一緒にハイポーズ。
む「ヒロさん。ペルーの郷土料理はいかがでしたか?」
そう笑ったコモエスタ・ムラヤマさんの
笑顔は土佐の英雄、坂本龍馬のごとく凛としておったのでありました。
追伸。
この時、ニューヨークから二週間の休暇でペールに訪れていた
友人のキース(23歳)は、
ペルーの水と相性が悪かったらしく、
二週間、お腹ぴーぴー地獄に悩まされ続け、
命からがらJFK国際空港に逃げ帰った時には
出発時より7キロの減量に成功しておったそうな。
旅の途中、地元の医師に相談したところ、
真顔でインカコーラを処方されたという伝説を
クスコの手動水洗トイレに流しつつであります。
佐藤寛孝 |
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