第四章「冬の恋人たち」
木曜日, 2月 7, 2008 at 2:21午前 「俺たち雪かき屋にはクリスマスもニューイヤーもないんだよ。
雪が降ったら休暇だって中止して雪をかくのが本来のあるべき姿なんだ!」
隣の部屋でブラッドと喋っているフランクが、
キャリーにも聞こえるような大きな声で叫んでいた。
先日、キャリーがアメリカンフットボールの祭典
スーパーボールを見るためにニューヨークを離れた数日の間に
大雪が降るというちょっとした事件が起きたばかりだったのだ。
もちろん、キャリーは仕事よりも試合を選び、
ニューヨークに慌てて戻ってくるなどということはなかった。
彼のことだ、お気に入りのチームを
応援することを選ぶことに迷いは微塵もなかっただろう。
フランクに非難されたキャリーは、
「これだから、組合のない会社は嫌なんだ」
などと喚いている。
無論、反省の色などまったくない。
面白光景だったので、
「組合ができたら、副社長のお前はどちらかというとその敵になるくせに」
と僕が呟くと、
キャリーはちっとも面白くないことを言う奴だなといった顔をしてみせた。
フランクが言うとおり雪が降れば、
何よりも雪かきを優先するのが雪かき屋だ。
お気に入りのアメフトチームの試合もトラックのラジオで聴いて
一喜一憂しながら仕事をする。
デートの約束の前には週末の天気予報の確認は怠れない。
クリスマスもニューイヤーもあったもんじゃない。
しかし、と僕はフランクに言ってやりたい気もした。
そんな雪かき屋にだって、
記憶に残るクリスマスイブの夜くらいはあってもいいはずだと。
僕が初めてベースを訪れたのは数年前、クリスマスイブの夜のことだった。
その日は朝から十二月の早い初雪が予報されていた。
しかし、前日の夜から降り続いていた雨は、
気温が下がらずに一向に雪へと変わらないまま夕方になっていた。
僕は初めての仕事に朝から緊張していたのだろう、
雪が降り始まらないうちにベースへと到着してしまっていた。
静まりかえった一階を抜け、
二階のオフィスへと上がってみるとフランクは自室にて仮眠中で、
キャリーがその夜ベースに顔を出していた恋人と一緒だった。
僕は舞い上がっていて完全に忘れていたが、
それはイブの夜でもあったのだ。
少しだけ悪いことをしたなと思いながらも、
「今夜から仕事半分取材半分で出入りさせてもらいたいと思って」
と僕はキャリーに挨拶した。
すると、「なんだ、英語喋れるんじゃない」 。
キャリーではなく恋人のほうが悪気もなく驚いてみせた。
苦笑いを浮かべながら、
僕は自分が「エグゼクティブ」に出入りする最初の東洋人だったことを思い出していた。
僕はニューヨークの大学へ留学をしたあいだ
居候をさせてもらった友人を通してフランクやキャリーに出会った。
イタリア系アメリカ人であるこの親子は、
冬になると僕らの住む地域にはあまり似合わない
ドイツ製の高級車に乗ってやって来ては、
イタリア系の男らしくいつも陽気に騒いでは帰っていった。
そして不思議と冬が過ぎる頃にはぱったりと姿をみせなくなるのだった。
当時 からすでに、彼らは川向のニュージャージー州に移り住んでいて、
冬の時期だけニューヨークにやってきては仕事をしていた。
ということを知ったのは「エグゼクティブ」に出入りするようになってからだった。
そしてこれもまた後になって知ったことだが、
クリスマスイブの夜キャリーと一緒にいた女性はニューヨーク市内に住み、
ニュージャージーに暮らす彼とは毎年冬になると
頻繁に会うようになる「季節限定の恋人」だったのだ。
「彼女は惚れた男が雪を相手にした
博打うちの息子だという意味を理解していないんじゃないか」
誰かが笑いながらそんなことを言っていた。
「他の連中は雪が降らなければ仕事がなくて好きなことをしていられるけれど、
俺や親父は雪が降り始める前も後だって山のように仕事あるから、
春まではめったに家にすら戻れないんだぜ」
だから季節限定の恋人だって必要になるのだと、
その夜渋る恋人を帰らせて
僕と二人で腹ごしらえに向かった深夜のダイナーでキャリーは真面目に語っていた。
イブの夜の食堂には僕ら以外に客は入っていなかった。
しかし、この夜から数カ月後の春に、
同じ女性にキャリーのほうがあっさりと捨てられてしまい、
信じられないほど落ち込むという一幕が起きることになる。
もちろんそんなことになろうとは知らず、
キャリーはその夜、一人ケラケラと笑っていた。
「女性とは生まれ持っての勝負師かもしれないな」
そうしみじみとフランクが僕にそういったのも、
キャリーのような真の博打うち相手に冬だけの恋人がみせた
潔のよい「見切り」のつけかたに、僕らがいたく感心したからだ。
その夜、僕らはコーヒーを飲みながら深夜過ぎまで待ってみたが、
結局雨が雪に変わることはなく、
僕はキャリーにとっての格好の暇つぶし程度にしか役には立たなかった。
そうやって気負っていた僕の初勝負になるはずの夜は寂しく暮れていった。
やがてぼんやりとした朝日を眺めながら
二人して「くだらないイブだったな」と言って少し笑った。
そして、「でも」と僕が言いかけると、
キャリーが苦笑いしながら僕の言葉の続きを引き取ってこい言った。
「でも、こういう夜のほうが記憶には残るんだよな」
(続く)
佐藤寛孝 |
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