月曜日
12032007

FRIDAY

叔母が死んだのは私が小学四年生の時だった。

最後の身寄りを失った
私の身を心から不憫に思った相談所の
粋な(?)計らいで、
施設に移った私はそれまで通り
転校することなく同じ学校へと通学することが認められた。

当時の私には子供ながら親友だと信じていた友達が一人いた。
彼女にだけは、叔母の死と施設への引越しを伝えた。
それから彼女は私をそれまで以上に遊びに誘ってくれるようになった。
彼女には兄妹がなく、
毎日のように放課後を共に過ごす私たちは
「実の姉妹のようだ」と
若くて綺麗な彼女の母親は
優しい笑顔を浮かべながらよく言った。

私はその言葉を聞くのが大好きだった。
夜近道をしようと林道を歩いていて
途中民家の明かりを見つけた時のような、
勇気といたわりがおばさんの言葉の中には混ざっている
そんな気がしたからだ。

おばさんは私たちを愛おしそうに眺める。
その優しい視線に友人はどれだけ気づいていたかわからない。
そして私たちが遊ぶ部屋へお菓子やお茶を運んでくる。

市の職員だった彼女の父親が夕方帰宅すると
私は必ず夕食に誘われた。
子供ながらに遠慮癖のあった私は、
週に一二度だけ四人で食事をした。
他愛もない会話で食卓は笑い声につつまれる。
食べるということが、
単に生きるためだけではなく、
生きる喜びや意味を味わうことでもあるのだと
私はその時初めて知った。

ある日、テーブルに友人と私が大好きだったハンバーグがのぼった。
ハートの形にかたどられた小さなハーンバークが二つと
付け合せのレタスにトマト、そしてポテトサラダ。

そしてポテトサラダには友人の嫌いなニンジンが細かく刻んで入っていた。
それは友人のお気に入りの花柄のお皿に
彼女の母親の愛情が溢れている小さな証拠だった。

人は自分には絶対に手に入れられないものの存在に気がついた時
どんなふうに行動するのだろうか?

山田さんの教育のおかげで
子供のくせに私には好き嫌いが一つもなかった。
友人の皿から静にこぼれ落ちる愛情。
両手ですくって味わってみたら
甘いニンジンの味がする気がした。

その日、私はニンジンを嫌いになった。