デザインのデザイン
水曜日, 3月 18, 2009 at 1:58午前 デザインをわかりたい、ということを考えつつ
ひさしぶりに原研哉の「デザインのデザイン」を読み返してみたら、
こんなことが書いてありました。以下、そのまま抜粋します。
「デザイン」とは一体何なのか。
これは自身の職能に対する基本的な問いであり、
この問いのどこかに答えようとして
僕はデザイナーとしての日々をすごしている。
「デザイン」とは一体何なのか、ということを
僕も僕なりに考えてゆきたいと思ったしだいです。
水曜日, 3月 18, 2009 at 1:58午前 デザインをわかりたい、ということを考えつつ
ひさしぶりに原研哉の「デザインのデザイン」を読み返してみたら、
こんなことが書いてありました。以下、そのまま抜粋します。
「デザイン」とは一体何なのか。
これは自身の職能に対する基本的な問いであり、
この問いのどこかに答えようとして
僕はデザイナーとしての日々をすごしている。
「デザイン」とは一体何なのか、ということを
僕も僕なりに考えてゆきたいと思ったしだいです。
水曜日, 3月 4, 2009 at 4:32午後 デザインをわかりたいと思うのと同じぐらい
デザインのことをわかってもらいたい、
と思っていることを発見しました。
というか、どちらかというと、
デザインのことをわかってもらいたい、
という気持ちのほうが強いかな。
かっこだけで中身のない商品を見て、
「これはデザイン重視だから」というようなコメントを聞くと、
すごくがっかりします。
で、いやいや、それは「デザイン」ではなく、
「ファッション」だろう、と訂正したくなるわけです。
でも、ちょっと思ったのですが、
日本に「デザイン」という外来語が輸入され、
日本人に意識され始めたのは、
「ファッション」という文脈でのことだったわけで、
そのイメージがずっとつきまとっている、
ということなのかもしれませんな。
しかし、そうすると、ファッションとデザインというのは
どう違うのか、みたいなことになるのかしら。うーむ。
ちなみに、ファッションとトレンド、というのは
どう違うのですかね。んー。
いやいや、ファッションというのは、身につけるものの話ですよね。
うーん、わけがわからなくなってきたぞ。
ま、とにかく、「デザイン」に対する誤解がたくさんあって、
「デザイン」を愛している私としては、
そのことが、不甲斐無くてしょうがない、ということですよ。
そこにいくと「建築」なんかは、しっかりと日本語標記で、
逆に「アーキテクチャー」なんていっても
ピンと来ない人が多いわけですよ。
なんか、市民権をしっかり確立してる感じじゃないですか。
いいなぁ。
火曜日, 3月 3, 2009 at 2:57午前 デザイナー以外のオプションを考えることなく、
10年以上、デザインの仕事をしていること自体が、
結局のところ、答えなのかもしれないと思ったりします。
自分に向いていることとは何か、なんて考える余裕すらなかったわけで。
才能というものが存在するのは確かなのですが、
それだけで全てを説明してしまうことに抵抗があるのか、
デザインを論理的にわかりたいという気持ちがどうしてもあります。
それは、自分の「努力」をとにかく認めてもらいたいという気持ちと、
自分の才能のなさに対する言い訳のようなものなのかもしれません。
もしくは、単にこの仕事を続けてゆくための言い訳なのかもしれない。
とにかく、「デザインとは何か」ということを考えます。
別にそんなこと考えなくたって仕事はできるし、
むしろ、そういうことを考えている暇があったら、
現実的な問題を解決したほうがずっと建設的ではあるのですが。
でもやっぱり、デザインをわかりたいという気持ちはきえません。
それは、もしかしたら、デザインに対するコンプレックスなのかもしれません。
もうすこし優しい言い方をすると、それは愛情なのかもしれない。