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月曜日
5052008

第十四章「この男クレイジーにつき」

皆から「クレイジージョー」と呼ばれる一人の男がいる。

三十 路 を少し過ぎた白人で、
かなり目鼻立ちがはっきりとした顔をしているのだが、
何よりも眼つきが異常なほどに鋭く、
いつも何かが気に食わないといったような顔をしているのが特徴だ。
身長は二メートル近くの大男で、
アメリカ先住民のように長く伸ばした後ろ髪をロープのようにして結っている。
その容姿だけでもかなり近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
普段はブッルクリンの工業地域で
コンクリート車や大型クレーンなどの運転をしているそうだ。

このクレイジージョー、あだ名があだ名だけに
僕も彼に関する本当かどうか怪しい噂話や逸話を
冬の間中かなり聞かされていた。

「ジョーは元海兵隊員なのさ」

噂とくれば、話好きのデネンの出番となる。

「すごいのはさ、白人至上主義的な考えのために、
クレイジージョーは黒人の上官をぼこぼこに殴って、
軍隊から除名されたてしまったってことだね。
聞いた話じゃ、右の二の腕には刑務所時代に関った
白人ギャンググループのメンバーを表す刺青が描かれているらしいぜ」

当然ながらデネンもジョーの腕に彫られた刺青を拝見したことはない。

誰だって噂話を真に受けるのが好きな人はいないだろう。
それでも火のない所に煙は立たないという諺もある。
フランクがそこまで変な男を雇うとも思えないが、
僕もこの場合は極力クレイジージョーと関わることは
避けるほうが懸命だろうと考えていた。
なにしろ眼つきと態度がすごく悪いのだ。

一度などは、偶然彼と近いルートを担当していて、
彼が道路をトラックで封鎖し近所の住人と
大喧嘩をしているところに出くわしたことがあった。
現場にはもちろん警察も出てきていて、
静か住宅地が殺気立った異様な雰囲気に包まれていた。

「クレイジージョーたるゆえんだな……」

僕の横で、相棒のジョンが納得したようにそう呟いていた。
やがてクレイジージョーは僕らの存在に気がつくと、
右手の中指を突き上げて、 「消えろ!」 、そう怒鳴っていた。

僕は三年目の冬、一度だけ
そんなクレイジージョーと一緒に仕事をする羽目になったことがある。
それは「ストーム」と呼ばれる強力な吹雪が
一週間に二度も続けてやってきたある冬の日のことだった。

月曜日の昼から降り始めた雪は、
木曜日の朝まで止むことがなく約五十センチ以上の積雪を記録して、
一週間ほどニューヨークの街を真っ白な雪の世界へと変へてしまった。
ありとあらゆる交通機関は数日以上も影響を受け
市民の生活は完全に混乱していた。
雪の上には人々が踏み荒らしたむやみな足跡だけを残り、
その上からさらに雪が降り積もるという、
ちょっと情緒的な景色が続いた。
気分屋のニューヨークの住人ように、
機嫌が悪くなるとまったくといっていいほど手のつけらないストームだった。

二度に渡るストームのため「エグゼクティブ」の機能も完全に混乱状態に陥っていた。
ドライバーもシャベルも皆一向に収まりそうのない吹雪に、
嬉しさ半分悲しさ半分の悲鳴をあげる状態が続いた。
おかげで三日、四日家にまったく帰れない連中がわんさか出たくらいだ。

僕も雪の降り始めた月曜日のお昼からジョンと組み
シャベルたちを連れてロングアイランドと呼ばれる
ニューヨーク市を超えて東に広がる郊外のルートを担当していた。
例年までの担当者が辞め、
未だルートに詳しい担当者が見つかっていなかったために、
少しその土地に明るいということにさせられた僕が
急造のドライバーとしてロングアイランドのルートを埋めることになったのだ。
友人のお姉さんのお見舞いに数度行ったことがあるというだけである。
つまり、それくらい混乱した冬だったのだ。

しかし初めてのルートに不慣れということと、
かいてもかいても後から更に降り続ける雪に、
除雪作業がまったく追いつかず、
火曜日のお昼の時点で
使用していたトラック一台だけでは
ニューヨーク市内よりも積雪量の多い
ロングアイランドのルートを担当しきれなくなってしまっていた。
すくなくとも、除雪車もう一台必要なのは誰の目にもあきらかだった。

そこで「ベース」に一旦戻り、
もう一台トラックを加えてトラック二台で仕事にあたるようにと
キャリーから無線で指示された。

しかし、ロングアイランドからクイーンズへと戻る道すがらで
新たな無線連絡が入り、
現在クイーンズ内のフォレストヒルズ地区で
立ち往生してしまっているトラックの代わりに
その一帯を一時的に担当しろと言われたのだった。

しかし僕らはここで一計を案じ、
あえてフランクの指示には従わず、
最初の作戦どおりトラックを進めて一度ベースに立ち寄り、
ジョンを新しいトラックでロングアイランドの担当ルートへと一足先に戻らせた。
それから僕一人で大雪の中で往生しているドライバーのもとへ向かうことにしたのだ。
これなら二つのルートのどちらでも一台ずつトラックが作業を行っていることになる。

やがて僕が指定された場所に到着してみると、
先端に取り付けられた除雪用の巨大シャベルの取り付け部分で
修理を行なっている「エグゼクティブ」のメカニックの姿が見えた。
そして、道脇に停められ車の中には、
普段よりもさらに苦々しい顔をさせてクレイジージョーが
タバコを吸いながら一人待っていた。

その時の、僕の驚きようといったらなかった。

「やられた!!」

無線でのやり取りの時、キャリーはドライバーがジョーだとは言ってはいなかった。

以前、ジョーに関する噂話の中で、
彼はパートナーを連れず常に一人で働くと聞いたことがあった。
要は誰もクレイジージョーのパートナーはつとまらないというわけだ。
そしてその日も彼は一人で大きなルートを担当していた。

合流後に新しく入ったフランクからの指示で、
ジョーのトラックをメカニックが修理している間に
僕のトラックを使ってジョーの担当ルートを回ることになった。
これは僕がクレイジージョーと同じトラックの中で数時間を一緒に過ごすことを意味している。

拒否したくても、雪はあくまで降り続けており、
終わらさなければならない仕事は山ほどあるのだ。
僕一人がわがままを言える状況ではなかった。
仕方がなく二人で出発することになった。
自我やわがままを通しきれない自分の国民性を呪うしかない。

ジョーはあたかも当然のことかのように僕のトラックの運転席に座り、
僕が助手席に滑り込むのを鬱陶しそうなに見つめている。

「俺のトラックなのに…」と言いかけて僕は口をつぐんだ。
僕がドアを閉めるやいなや、ジョーは勢いよくアクセルペダルを踏み込んで、
新雪がまだ除雪されていない綺麗な道へと飛び出していった。

走ること数分、やがてトラックは
五十台ほどの駐車スペースを持つスーパーマーケットに到着した。
しかし、僕は助手席に座ったとたんに、
前日のお昼から一昼夜寝ずに仕事をしてきた疲れのためか
強烈な睡魔に襲われて、ついうとうととしてしまった。
そして僕はこともあろうにそのまま本格的に眠ってしまったようなのだ。
トラック後部の塩撒き機にシャベルで塩を補給するのは
助手席に座るパートナーの仕事だ。
僕はその義務すらも忘れていた。

僕の横でハンドルを握っているのは、あのクレイジージョーである。
その恐ろしい事実にうなされるようにして目を覚ました時、
トラックはすでに僕の知らない小さな銀行の駐車場の除雪作業を終えて、
次の目的地へと向かおうとしていた。

僕は何食わぬ様子を振舞いながら
内心そうとうドキドキしつつ静かにルートに挟まったファイルを覗き込んだ。
それでどうやら僕がジョーを拾ってから、
すでに彼が三つの仕事を終えていることがわかった。
ファイルに書き込まれた細かい情報からして、
一つの仕事に最低でも四十五分はかかる大きさである。
しかも雪はその勢いを増しているため、
余計に除雪作業に時間がかかる状況だった。
しかし車内ラジオの小さなスクリーンに表示されたデジタル時計を眺めてみると、
僕がジョーに合流してから一時間と少し程度しか経っていないのだ。

寝ぼけた頭の僕は混乱した。どうしても時間の計算が合わない。

しかしそのまま少しジョーの仕事ぶりを観察していた僕は、
やがて、自分の混乱理由に気づいた。
僕が、計算が合わないと思ったのは、
彼の仕事の速さを理解していなかったからなのだった。

彼は信じられないほどに腕の良いドライバーだった。
とても丁寧な仕事を非常に迅速に行なう。
どれくらい迅速かというと、僕がどんなにがんばっても
除雪作業に一時間はかかるであろう仕事を、
彼はその三分の二の時間で終わらしてしまうのである。
しかも塩撒き機に塩を補充する作業も自身で行ないながら。

それは職人の巧みの域にまで達しているとすら思えた。
はっきりいって惚れぼれする仕事ぶりだった。そ
れに加えて三日間でも四日間でも
ほとんどまともな睡眠を取らずに仕事をこなせるとくる。

僕はこの時、クレイジージョーという男のことを
大きく勘違いしていたことに気づいていた。
冗談話や適当な噂話だけで人を評価するはずのないフランクやキャリーたちまでが、
「クレイジー」と呼んでいたので、うっかり僕も彼の過去にはどんな経歴があるのか、
私生活にはかなり危険極まりない状況をはらんでいるに違いない、などと疑っていたのだ。
むろん、そういう要素がまったくないかといわれればかなり疑問だが
「クレイジージョーのクレイジーは仕事の速さがクレイジーだからなんだ」
ということに大きく起因していたこともまた事実だった。

「クレイジー」という言葉には、畏敬の念こそ込められてはいても、
僕が想像していたようなくだらない噂話の中に滲む
恐怖心を煽るような意味合いは含まれていなかったのだ。
もちろん、彼は、赤信号を完全に無視して突っ走ることや、
一方通行の道を塞いで仕事をしていることに苦情を述べてきたおばさんと
公道の真ん中で口論を始めてしまい、
地元住民からパトカーを呼ばれたりすることはあった。
そのたびに僕は、「気が狂っているのではないか、この人は?」と思いもした。

そういう面があったとしても、クレイジージョーは仕事だけは確実にこなす人だったのだ。
だからこそ、フランクは彼を雇い続けているのに違いない。
その仕事に絶大の信頼をもちつつ。

やがてトラックに無線が入った。メカニックからだった。
ジョーの故障したトラックの修理が終わったそうだ。
次の仕事場へと向かっていたトラックのハンドルを思いっきり左に切り、
強引なUターンをして、僕らはメカニックのいる場所へ向かった。
四輪駆動で積載量オーバーのトラックが
雪道を面白いようにかっ飛ばしていく。
信じれないくらい猛スピードなんだが
運転が上手過ぎて、恐怖を感じない。

途中、住宅街を抜けて行くと、
路上に飛び出して僕らのトラックを止めようとしている初老の女性がいた。

「まさかひき殺したりはしないだろうな……」

そんなことを本気で心配する僕をよそに、ジョーはブレーキを踏んでトラックを停めた。

「おい、何を考えているんだ、危ねーじゃないかッ」

クレイジージョーが凄みをきかせて怒鳴った。
その言葉はかなり意訳をしないと日本語には訳せない
スラングとFワードで満載だった。

しかし、おばあさんは怯まない。

「今から私、病院へと行かなければならないのだけど……見てごらん」

おばあさんは、駐車場の前の雪で埋もれてしまった歩道を指差した。
確かにこれでは車が出せない。

大雪のあった次の日などに除雪トラックを運転していると、
時々こんなおばあさんのような人に出会うことがある。
もちろん、できるならば、それらの全ての願いに応えてあげたいのだが、
こちらも仕事でトラックを運転しているのだ。
終わらさなければいけない仕事をそっちのけにして、
そうそう他人の家の雪をかいてあげるわけにもいかないのが現状だった。

しかも「エグゼクティブ」の方針で、
「そういう行為は避けるように」とちゃんと忠告もされている。
たとえ好意でも、作業中に間違って住人にけがをさせたり、
何かを壊したりしてしまったりした場合には、
正規の契約を交わしていない相手だと、
どんなふうに慰謝料や賠償金をふっかけられるかわからない危険性があるからだ。

「何もしないというのが、多くの場合には、大人の世界の自己防衛手段になるんだそうだ」
この説明をしたときのフランクは、言った自分が一番なんだか「気に食わねーけどさ」といった表情をしていた。

もちろんジョーだって、その決まりを知っているはずだ。
ところが、彼は何も言わずに、運転席から降りると、
さっそくおばあさんの家の雪かきを始めた。
先ほどまであれほどいかに仕事を速く終わらせるかだけに集中していた彼が、
今は見知らぬ他人のために、自分の仕事を放っぽりだして、親切を尽くしているのだった。
僕も流れ上、シャベルをつかんで雪かきを手伝わないわけにはいかない。

しかも、おばあさんが渡そうとした数十ドルのチップすら
クレイジージョーは断固として受け取ろうとはしなかった。

「いらねーよ、そんなもん。
こんだけの大雪で、こっちは使い切れねえ程稼いでるんだ。
ババァの生活保護の金なんかクソくらえだぜ!!」

なにもそこまで言わなくてもいいのに。
でも、やまない雪の中で
クレイジーと呼ばれみんなから恐れられているその男は
なぜか笑っていたのである。

クレイジージョー。
この男、どこまでもいろんな意味で「クレイジー」である。

(続く)

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