第五章「サボテン」
日曜日, 2月 17, 2008 at 6:27午前 フランクはキャリーが生まれた年に、二つのサボテンを買った。
一つには息子と同じ「キャリー」と名前をつけ、
もう一つには「エグゼクティブ」と名づけた。
しかし、二つあったはずのサボテンだが、
現在、フランクのオフィスには一つしか見当たらない。
「キャリーと名づけたサボテンはすぐに枯れて捨てられたらしいけどな」
この話題をふったら、自称「捨てられた息子」はそう付け加えた。
しかし、この話はキャリーの成長が
そのまま「エグゼクティブ」の成長でもあった証でもあった。
フランクと妻のジョージャットがクイーンズで
一月六十ドルほどの低所得者専用の市営団地に住みながら
なんとか一年目の勝負を凌ぎ、
雪のない夏には古巣の掃除会社で働きながら
翌冬の勝負の公算を立てようとしていた年、
キャリーは生まれた。
偶然にも僕と彼と「エグゼクティブ」は同い歳だった。
「子供の頃から冬は除雪トラックの中で遊んできたから、
親父の仕事を助けることにはなんら疑問は持たなかった」
そう言うキャリーは、
中学に上がった頃から父親の勝負の世界に惹かれ、
関かわるようになっていた。
それにしてもと、一緒に仕事をしながら
この親子を随時観察していて僕がつくづく思ったのは、
二人とも本当によく働くということだった。
当たり前と言えば当たり前なのだが、
怠惰が接客サービスの基本のようなこの国に習慣に慣れてしまうと、
てきぱきと仕事をこなす連中に感動したりするものだ。
特にフランク達の場合、
雪は一度降り出したら二日三日止まないこともある。
そうなると陣頭指揮をとっている彼らは
大抵四日五日とまともな睡眠もとらずに仕事にあたる羽目になるのだ。
偉い奴ほどめっぽう忙しいといのがエグゼクティブの常識のようだった。
何日もの間、五十を超えるルートを掌握しながら
集団として長い勝負に勝つように全体を見続けるということは
並大抵の仕事じゃない。
ベースに置かれた複数の無線ラジオは年がら年中鳴り響き、
会社の電話や彼ら個人の携帯電話の呼び出しベルから解放されることも少ない。
体力だけではなく神経すらも磨り減らしてしまいそうになる状況は
雪が降り続く限り永遠に続くのだ。
折角なのでここで少しだけでもフランクやキャリーの仕事を書き上げてみよう。
まず散布用の塩を除雪作業中の現場に送り、
道に迷ったドライバーを誘導して現場へと急がせるという重要な仕事がある。
また、故障したトラックがあればメカニックを手配して状況を見守り、
一つも仕事の進行を遅れているルートがあれば
手の開いている他のドライバーを割り出して派遣する。
気の荒いドライバー連中をこちらの思うとおりに使うのは
言うほどに簡単なことではない。
巨大地図を睨めながら、
目がまわるような速さで変化していく状況下で
一つひとつ迅速に決定を下し、人を動かしていく。
さらに緊迫した状況に拍車をかけるかのように
顧客からかかってくる苦情や注文の電話も
彼らが対処しなければならない。
軽いけがや事故は避けられない時があるし、
住民から苦情が入ることも珍しくはないのだ。
裁判沙汰にするぞと脅そうとしてくる場合すらある。
またはトラックが現場についてみたら駐車場のゲートが閉まっており
除雪作業が出来ないなんてこともある。
夜中に相手側の担当者の家に電話をするのは誰だって嫌にきまっている。
また、大雪の日などは、去年まで顧客としての契約をしていたのだが、
なんらかの理由でその年は契約を更新しなかった旧知の客から、
急遽雪かきの依頼を受けることだってあるのだ。
これらの状況に対して一つとしてマニュアル化された答えなどはなく、
よってその場の判断で臨機応変に対応していかなければならない。
また、マニュアルがないということは、
問題が起きたら責任は誰でもなく自分がとるしかないのだということでもある。
複雑に組織化することで責任の追及の手から逃れようとする、
どこかの企業体系とはフランクの考え方は根本から違っている。
そんなやり方を「ワンマン」という言い方で片付けることもできるかもしれない。
フランクがいなくなったらどうなるのだ、という疑問に置き換えてみてもいい。
しかし、これに対しても導き出される答えは一つじゃないのかもしれない。
「エグゼクティブ」一家が開けた賭場を仕切っているのは、やはりフランクなのだ。
それはワンマンという考えなどを飛び越えた次元のような気がするし、
フランクがいない状況で、はたしてどうなってしまうのかというのも、
結局はフランクのみぞ知るというところなのだろうか。
たとえば、「エグゼクティブ」で起きている事柄で
彼が把握していないことはないといってもいいくらいだった。
ある時、僕はフランクに自分が運転するトラックには
あとどれくらいの燃料が残っているかわかるかと無線で尋ねたことがある。
要は暇だったので無線を使って遊んでいたのだが、
彼は、「あと三件の現場は回れるさ」と何気なく言ってみせた。
そして、僕が三つの現場をこなした後に
ガソリンスタンドを探す羽目になったのは言うまでもない。
しかも、現場から一番近いガソリンスタンドもフランクに教わったのだ。
彼は僕の担当ルートとか仕事の進行具合とか、
さらには雪の状況とかいったものを完全に把握していたのだ。
僕がフランクに抱いた「賭場を仕切る大親分」といった印象は、
きっとそのへんの能力からきているのかもしれない。
確かに世間から見れば、
小さな宿屋街の小さな賭場の親分程度の存在かもしれないフランクが、
男としても勝負師としても野郎どもから見込まれるに足りる男になりえているのは、
なによりも博徒としての非常な力量によるのだ。
枯れたサボテンこと、息子のキャリーはそんな無名だが
偉大な勝負師の背中を見て育ってきた。
もちろん勝負師としての力量は
まだまだフランクが勝っていると「エグゼクティブ」の誰もが言うだろう。
前述したような博打うちとしての経験が俄然ものをいう
難しい判断を即座に求められる時、
フランクには自身に対する経験に裏打ちされた信仰のようなものがある。
緊迫した状況の中で見せつけられるそんな自信は、
カリスマ性という名の求心力を他人の心の中に生ませるのだ。
そうやって荒っぽい博徒集団は一つになってこれまでやってこられたのである。
今のキャリーをフランクのスケールにあてはめて計るのは公平ではないだろう。
それでは、「エグゼクティブ」の連中が
キャリーをたんなる「二代目の若旦那」程度に軽く見ているのかというと、
興味深いことにこれもまた違うのだ。
「キャリーには勝負師としての天性の才能がある」
フランクの同年代の古い友人でもあり、
「エグゼクティブ」の中ではもっとも古参の子分にあたるブラッドは常々そう言っている。
それはキャリーがまだ高校生だった頃の話だ。
ある雪の日、フランクが珍しく風邪をこじらせて肺炎にかかってしまったことがあった。
その頃からすでにキャリーはフランクの横について全体を仕切る仕事を学び始めていた。
それでも、どんなに積雪の少ない時ですら
一人で勝負を仕切った経験などなかった。
そのため病院からベースへと電話をかけてきたフランクは、
キャリーではなくブラッドに自分のいない間の全権限を与え、
賭場を仕切るように言ってきた。
妥当なところだったのだろう。
どこで見つけてきたのか知らないが、
「信頼は与えられるものではなく、勝ち獲るものだ」という格言が
フランクのオフィスには掲げられている。
息子であっても特別扱いはしなかったのも不思議ではない。
それでもフランクはブラッドに付け加えてこうも言っていた。
「キャリーがもし自分から意見を押し通そうとして引かないことがあったなら、
どうか自由にやらせてやってくれ。責任は俺が後でとるから」
結局、勝負の雪はその晩から降り始め、翌日の朝まで続いた。
それでも積雪は十センチほどまでしか伸びず、
博打の花火は大きく花開くまえにしぼんでしまった。
しかしここで一つ大きな問題が、
親分を欠いた博徒たちの間で持ち上がったのだ。
なんとその日の朝までには運び込まれる予定になっていた
撒布用のコンテナー、一個分の塩が
運送会社の手違いで一日ほど搬送が遅れてしまうことが判明したのだ。
それだけならば問題ではなかったのだが、
ついていないことに、一度止んだと思われた雪が
その日の正午から昨晩の倍の勢いで降り始めるであろうと
天気予報が伝えてきたのである。
この場合、塩さえあればかえって喜ばしい事態だったかもしれない。
だが、昼間に降って少しずつ溶け始めた雪は夜になると
急激に下がる気温のために凍ってしまう。
しかし、それを防ぐために撒くべき塩がないのである。
午後から降る雪を除雪したとしても、
夜になって凍ってしまっては人が歩くにはあまりにも危険である。
それはかなり難しい状況だった。
雪をかいてもかかなくても問題になってしまうのだ。
ブラッドは怒ると年季のはいった皺が眉間に寄り、
ドスの利いたイタリア系マフィアへと変貌する。
しかしどんなに彼が運搬会社の担当者を怒鳴りつけたところで、
相手を震え上がらせるだけで問題が解決されるわけではない。
ブラッドは同業のライバル会社にも片っ端から連絡をとり、
普段の三割増しの値段で塩を幾らかでも分けてはもえないかと尋ねて回った。
だが「エグゼクティブ」の場合、家庭で撒くための塩とは違う。
使う量が量だけになかなか良い返事が帰ってこない。
こうなると彼には遅れて運搬される塩が
一刻も早く到着するのをただ願うだけしか手がない状況であった。
事前に連絡を入れておいた病院のフランクからも
その対応方法で了承も得ていた。
しかしここで、それまでブラッドの仕切りに
意見を挟むことのなかったキャリーが誰とはなしに尋ねた。
「取引のある銀行に連絡したら、今すぐどれくらいのお金を動かせる?」
これに対して、
「金がどんなにあっても、買いつける塩がないのだから意味がないだろ」
とブラッドはキャリーに諭すように告げた。
だがキャリーは同じ質問をこんどは会計係りの女性に尋ねた。
社長であるフランクのサインなしには、息子とはいえ、
当時まだ未成年であったキャリーが自由にできる金額は
せいぜい数百万円程度だと会計の女性が告げる。
すると、いつでもそれを動かせるようにしておいてくれと言い残して
キャリーはベースを飛び出していってしまったのだ。
キャリーのこの行動にその場にいた者はあっけに取られてしまった。
しかし、それから数時間ほどして、
ブラッドが後に「奇跡」と描写する光景を
「エグゼクティブ」の男たちは目にすることになる。
なんと飛び出して行ったキャリーが、
コンテナー二個に詰まった大量の塩を載せたトラックを引き連れて
ベースへと戻ってきたのだ。
どこでこんなに大量の塩を手に入れることができたのかと
迫る男たちを前にしてキャリーは、
「これだけの塩だぞ、俺がどこかから盗んできたみたいな目で見るなよ」
そう笑いながら言った。
謎の塩の種明かしはこういうことだった。
キャリーは常々ニュージャージー州からニューヨークへとやってくるトラックの中から、
ニューヨーク市の清掃局の敷地に高々と盛られた散布用の塩の山を眺めていた。
その年は暖冬が続いていて、
フランクもどれだけの塩をいつの段階で
買い込むかということで非常に頭を悩ませていた。
しかし年間の予算が春の暖かい時期に決まってしまう市の清掃局では、
暖冬などお構い無しに予算どおりに塩を仕入れてしまっていたのだ。
そのため冬が終わりに近づいても一向に買い入れた塩を使いきれる様子はなく、
キャリーは清掃局の前を通るたびにその塩の山を目に留めていた。
そしてベースを飛び出し、未成年である自分の立場を隠したキャリーは、
一人で市の清掃局に掛け合ったのだ。
「どうせ春にはあまって廃棄処理しなければならない塩なのだから」
そう言って、なかば強引に市場の半額に近い値で買いとってきたという。
きっと担当者には多少の金をつかませもしたのだろうと、
誰かが言っていたが、そのへんのことは本人も黙秘しているので確かではない。
とにかく、男たちは初めてキャリーの観察力と大胆さに驚き、
そして大いに感心し、
やがて「間抜けなニューヨーク市だな」と笑いながら
普段よりも多めに塩を撒いて回ったそうだ。
後日、ブラッドから一部始終報告を受けたフランクは、
「そんな所から安く塩を買える手があったか」
などと言って感心していたそうだ。
しかし、息子の勝負師としてのおもわぬ力量と才能に
特別驚いた様子はなかったと、ブラッドは振り返る。
いつだってこの話をすると、
「キャリーもたいしたものだが、やっぱりフランクはもっとスゲー」
そうブラッドは言うのだ。
その冬、若いキャリーは
塩を安く買い付ける先を見つけ出した褒美に特別ボーナスを受けた。
しかしそれ以上に、彼にとって大きかったのは、
フランクに惚れて集まった博徒たちからの
信頼と尊敬を自らの手で掴み取ったことだっただろう。
二十 数年 前にフランクが買ったという二つのサボテンはどちらも、
今もちゃんと、フランクの目の前で立派に成長していたのだ。
(続く)
佐藤寛孝 |
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