土曜日
2102007

第七回:デザイナーのラブレター

 

徹夜で書き上げたラブレターを読み直して、その出来の悪さに我ながらうんざりしたことがあるかもしれない。伝えたい思いは単純なのに、それをいざ言葉にすると、使い古されたありきたりの表現しか見つからない。月並みで回りくどいラブレターしか書けない新聞記者(佐藤)のなんと哀れなことか。それでは「好きである」という情報は伝わっても、「好きだ!」という思いは伝わらない。新しい関係だって芽生えない。桜舞い散る春なのに、本当に困ったものである。

デザイナーたちは、企業や商品に込められた思いを伝えるため、ラブレターを書くぐらい真剣な気持ちでマックに向かう。人は心が通って初めて相手を信用する。心が動いて初めて人は行動にするのである。心の通ったコミュニケーションは、企業と顧客の間に新しい関係を作り出す。それこそがビジネスであり、クリエイティブというものであろうと思う。しかし哀しいかな、情報だけ伝えて思いの伝わってこないコミュニケーションのなんと多いことか。理性的になるあまり感情が失われ、言語化できる情報に依存するあまり言葉で表現できない思いが排除されてゆくのだ。そして、「相手に理解されないのでは」という不安も手伝って必要以上に説明的なデザインができあがる。けれど、それでは顧客の心にはとどかないし、顧客との関係も生まれない。必要なのは、長い説明書きでも、まして箇条書きされた効用でもない。むしろ人は笑顔に心を開き、熱意にほだされるのである。ユーモアのセンスに知性を感じ、不器用さに親近感を覚えるのである。

良いデザインとは、こうした思いの伝わるコミュニケーションを作り出すことではないかと思う。では、心に届くデザインとはなんだろう。そう聞かれると、僕の目は宙をさまよい、とたんに自信がなくなってしまう。人の心に通ずる道はきっと幾つもあるに違いない。でもその道筋を地図にすれば、あっというまにそれは、どこにでもあるありきたりのものになってしまう。通いなれた道を行き来するだけでは新しい発見も感動もないように、地図をなぞるだけの形式的な表現を繰り返すだけではお互いの関係は発展しない。ゆえにデザイナーたちは、未踏の地に新しい道を開拓するように、コミュニケーションの世界を模索するのである。

コミュニケーションをデザインすることは、万葉の昔に人が想いを込めて一遍の和歌を詠んだことに似ている。詩人が、限られた言葉の一言一言に深い意味と想いを重ね託すように、デザイナーたちも、数ある要求と制限の中で思いを的確に伝えるべく色を選び、レイアウトを考える。一枚の写真に幾つもの意味を重ね、相手の想像力を刺激することで、関係をさらに奥行きのあるものにしてゆくのである。

万葉の昔に比べれば、コミュニケーションの地平線はぐっと広がった。今やコミュニケーションは音や映像を瞬時に送れる時代へと進化している。しかしコミュニケーション技術は、単に量とスピードを増しただけでなく、むしろ双方向の、そしてもっと個人に向けられたものへと変化してきているのも事実である。そこで、通い慣れた道を行き来するだけのコミュニケーションから、人の心を目指した第一歩を踏み出してみるのはどうだろう。目下、「恋人募集中デザイナー」こと遠藤が、あなたのラブレターのデザインを御手伝いします。