土曜日
2102007

豚もおだてりゃ木に登る

 

初めて描いた絵のことを覚えている。幼稚園のころに描いた水彩画。踏み切りのある島の絵だった。家に持ち帰ったその絵を見て両親は、ほかに大して取り柄の無かった僕を褒めに褒めた。それまで独り占めだった親の愛情が、いつのまにか後発の弟妹にきれにもっていかれていることに一抹の不安を抱いていた当時の僕は、そのとき「これだ!」と確信した。以来、僕は一度も疑うことなくデザインの道を突き進んできたのである 。「豚もおだてりゃ木に登る」というけれど、褒め言葉には絶大な威力があるものである。

しかし、褒め言葉はその絶大な威力のために、使い方を一つ間違えるととんでもない結果になったりもする。自意識過剰気味のデザイナーたちにとって、その威力は原子力より破壊的である。下手をすると、木の上で鼻息を荒くする豚デザイナーを見上げて途方にくれることにもなりかねない。木に登ったはいいが下りられなくなって、ブーブー鳴くデザイナーを見上げるのは、あまりにも哀しい。まったく、デザイナーとは扱いにくい人種である。

デザインを評価することは難しい。自分が抱いていたイメージとは異なるデザイン案を前にして、建設的なコメントが一つも見つからずに途方に暮れるクライアントは少なくない。見当違いな褒め言葉は逆効果であるが、かといって批判的なことを並べるだけではプロジェクトは前進しない。結果、苦し紛れに二つ三つ当たり障りのないことを言い、「自分にはデザインのセンスがないので」などとお茶を濁して無難にその場をまとめてしまったりする。

しかし多くの場合、デザインを正しく評価できないのは、センスの問題でも、ましてや個人的な好みの問題でもない。それはデザインの評価基準の問題である。ストライクゾーンがなければ、投球を正しく判定することができないのと同じように、デザインを評価するにも明確な「ストライクゾーン」が必要なのだ。では、デザインのストライクゾーンとはいったいなんだろうか。それはそのデザインを通して誰に何を伝えたいかという明確な目標である。デザインを依頼する際に自分のイメージを伝えるにも、そして出来上がったデザインを正しく評価するにも、この目標をクライアントとデザイナーが共有していなければならないのである。

打者によってストライクゾーンがかわるように、プロジェクトによってデザインのストライクゾーンも変化する。個人の名刺をデザインするのと、大企業のアニュアルリポートをデザインするのではそもそも基準が違う。ロゴがもっと大きい方が良いのか悪いのか、赤よりも青のほうが良いのか、読みやすさをとるかイメージをとるか、それは個人的な好みやセンスの問題ではなく、ストライクゾーン、つまり評価基準の問題なのである。

思うに、多くのデザイナーにとって、自分の作ったもので人が喜ぶ姿をみるのは、沢山のお金をもらうことよりもうれしいことである。ゆえに、正しい褒め言葉は、それがどんな些細なものであってもデザイナーに勇気とやる気を与え、デザインプロジェクトを正しい方向へと発展させる推進力になるのである。うまくすれば、豚が木に登る以上のミラクルを見られるかもしれない。