第三章「四十七の地図」
土曜日, 2月 2, 2008 at 3:03午前 地図がある。
「エグゼクティブ」に出入りする連中から
「ベース」と呼ばれるクイーンズのオフィスの一階は
常に戦場のように混乱していて、
年がら年中ドライバーたちが「ルート」と呼ばれる
自分の担当区域の書き込まれたファイル型の地図を探している。
ルート一つにつき約十件から十五件の顧客が割り当てられているので、
どんなに熟達したドライバーでも地図がなければ
仕事先がわからなくなって迷ってしまうだろう。
また、顧客にはスーパーマーケットや銀行など
ありとあらゆる形態の企業があり、
ルートに挟まれた別紙には顧客一つひとつについての
作業依頼が細かく書き込まれている。
駐車場や歩道などの除雪と、
除雪後の塩まきを依頼主の希望通りのしかたで行なうためだ。
それは喫茶店などの、「卵の料理方法はいかがなさいますか」といった
気の利いたサービスみたいのものだとキャリーが言っていた。
さて、このルートだが、大雑把にいえば
地理的に均等の大きさに区分けされている。
稀に顧客が密集しているため複数のルートが近い区域内に存在したり、
逆に一つのルートが非常に広大な区域を担当したりするものもあるが、
それでも原則は、一つの区域に一つのルートということになっている。
そのためクイーンズ行政区だけでも約十八のルートに分けられていた。
どのルートも四時間から六時間のあいだには
トラックが仕事をひとまわりできるように配慮されてもいる。
一斉にドライバーたちが散って行っても
各々の仕事がどれ位の進行状態かをベースにて無線を通し、
細かい指示を出しているフランクやキャリーが把握する必要があるからだ。
「エグゼクティブ」では現在四十六の地図、
つまり四十六のルートを抱えている。
原則として一つのルートには除雪用トラック一台にドライバーが一人、
そしてシャベルで雪をかくパートナーが一人あてられる。
大雪の時などには長時間に及ぶ
きつい肉体労働が求められるシャベル組みのために
応援部隊を乗せたワゴン車や、
際立って仕事の進行が遅れているルートに派遣されるトラック隊もあるが、
普段はルート一つにトラック一台の原則で仕事が行なわれる。
そしてこのルートのトラック部隊の他に、
「エグゼクティブ」は大きなショッピングモールや
電力会社の巨大施設など大口の顧客を五つ程抱えてもいる。
その各々には担当の現場監督がついて、
それぞれ五台から十台ほどのトラックと
それに見合う数のシャベルが仕事にあたっているのだ。
彼らは現場から現場へと移動するルート回りのトラックとは異なり、
常時一箇所に留まって仕事をすることになる。
これらの簡単な数字からしても
フランクを親分とした雪の博徒集団の賭場が
非常に繁盛していることがうかがえた。
ニューヨーク市内だけでも三十を超える雪かき会社が
凌ぎを削りあっている中においてもだ。
しかし、「エグゼクティブ」の男たちがただ「地図」と言う場合、
それはルート回りの地図のことを指してはいない。
彼らの言う地図は一階の喧騒から離れた二階にある。
四十七番目の地図だ。
泥と塩でまみれたブーツで歩き回る男たちのために
常に汚れているタイル張りの一階に反して、
二階のオフィスには綺麗な絨毯が敷かれている。
それも一部の人間以外には二階へと上ってくることすら稀なためだろう。
ここにはめったに使われることのないデスクが五つほど並べられ、
奥にはキャリーやフランンクの部屋があるだけだった。
怒鳴り声や笑い声、
しまいには雨乞いならぬ「雪乞いの踊り」まで混ざって
年中活気に溢れた一階とは対照的に、
二階のオフィスは常に静閑としている。
そして問題の地図は正面の社長室へと繋がる壁に張られていた。
それは、縦二メートル横四メートルはある特別注文の巨大地図で、
ニューヨーク市とその隣のロングアイランドを網羅していた。
見るからにかなり年季が入った地図だ。
地図のいたるところには過去と現在の顧客の場所を表す印が
一つひとつ丁寧に書き込まれている。
さらに五つの大口の現場には色の違うピンが刺してあり、
それはさながら戦場を指揮するための作戦用地図のようだ。
そしてすこし距離をとってこの巨大地図を眺めてみると、
書き込まれた多くの印は
幾つかの違った色で分けられていることに気づく。
ベースの建つクイーンズの一角を中心にして
六層ほど円に分れ広がっており、
一つひとつの層ごとに違った色の印が使われているのだ。
その不思議な眺めは、
例えるならば切り倒された後の大木の木株を覗き、
そこに現れた年輪を確かめているかのようだ。
フランクは二十四年前の冬、
三十歳の時にそれまでのビル清掃のきつい仕事で貯めた僅かのお金をはたいて、
恐ろしく古いフォードのピックアップトラックとこの巨大地図を買った。
人生初、雪相手の博打に打って出るためだった。
その当時、僕が眺めるこの同じ地図に書き込まれた印は
現在のベース周辺に建つ工場が二件だけだったそうだ。
むろん従える子分衆などはおらず、
フランクはたった一人で駐車場に積もった雪をシャベルでかいて回ったという。
気負ってトラックは買ってみたものの、
資金がすぐに底をついてしまい
除雪用の巨大シャベルすらもとりつけられなかったのだ。
結局一年目の冬、
フランクの博打は賭け金も少なければ
儲けも少ない「せこい勝負」に終わってしまった。
しかしそこから全てが始まったのだ。
巨大地図に広がる年輪のような輪の拡大は、
二十四年の間に広がってきた「エグゼクティブ」の成長の年輪だったのだろう。
少しずつ信頼を獲得しながら
顧客を増やしてきた博徒たちの勝負の跡を残す年輪には、
途方もない歴史が感じられた。
地図 があり、雪の上にはいつだって男たちの足跡があったのだ。
(続く)
佐藤寛孝 |
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