第四回:下手な鉄砲
土曜日, 2月 10, 2007 at 6:09午前
「長い手紙ですまない。短く書く時間がなかったもので」
フランスの思想家が書いたこの一文は、とても示唆に富んでいる。あふれる思いを、短い言葉で伝えるのはむずかしい。思いあまって封筒に収まりきらないほどのラブレターを書いた新聞記者がいるくらいである 。しかし、それでは熱意は伝わっても、真意はなかなか伝わらない。
俗に「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」というけれど、鉄砲玉が見当違いのところに当たって、ひどい目に遭うことがある。オマケのつもりで最後に付けたデザイン案を、気まぐれなクライアントがいたく気に入り、他の優れたデザイン案をみすみす没にしなければならないなんてことがあった。そこで今回は、自戒の意味も込めて、下手な鉄砲を玉がなくなるまで打ちまくって見事に失敗してしまった例をご紹介しよう。
それは僕がまだ「社内パーティー」の案内状のデザインにさえ全身全霊を傾けてしまうほど駆け出しだった頃のこと。ハーマンミラーという芸術品として近代美術館にならぶような家具を幾つも世に送り出してきたデザイン界の大御所からサイン計画の依頼があった。その会社の、オフィスと工場の案内標識をデザインし、システマティックに設置していくというプロジェクトである。これはもう死んでも下手なデザインを提案するわけにはいかない。僕は、燃え盛るデザイナー魂にプレッシャーという油をたっぷり注ぎ、まさに火だるまのようになってデザインに没頭した。その仕事ぶりを見た同僚たちは声を潜めて、私生活で何かあったに違いないとささやきあい、恋人には「なんか怖い」と言われたほどである。しかしそのかいあってか、僕は数日のうちに20もの異なったデザイン案を作りあげた。それを一冊にまとめると厚さは4センチを超え、しかも表紙を黄色にしたせいかそれこそ「電話帳」と見間違えるほどの出来栄えであった。まさに超大作、 プレゼンに「ハーマンミラーを見つける20の方法」と命名までしたほどである。
プレゼンを見たクライアントは感涙にむせび入り、デザインは各界の注目を浴びる、はずであった。しかし結果は惨憺たるものだった。20のアイデアを前にして、クライアントの意見がまとまらず、最終段階に至る前にプロジェクト自体が自然消滅してしまったのである。正に青天の霹靂。真っ白に燃え尽きた僕を見て同僚はため息をつき、なぜか恋人は去っていった。
今思えば、20ものデザイン案を出したことがまずかった。確かにデザインはどれも良い出来だった。しかし「どれも良い」というのは、「どれでも良い」と表裏一体なのである。20の「どれでも良い」デザインを作るぐらいなら、1つの「これしかない」デザインを作るべきであったのだ。
豊かな発想だけがあっても、その発想を正しく評価する能力がなければ意味がない。その物のあるべき最善の姿とは、無駄な部分をぎりぎりまで削ぎ落としたときにはじめて現れるのである。作るだけ作って、デザインの評価をすべてクライアント任せにした僕たちは、時間と労力を浪費し、結局のところ半分の仕事しかしていなかったのである。不安やプレッシャーに目を曇らされて出来上がった電話帳並みの厚さのプレゼンは、封筒に入りきらないラブレターと同じだったのである。
思うに、プレゼンで提出されるデザイン案の数は、デザイナーの自信のなさに比例する。そこで、次回デザインを依頼するときは、最高の案を一つだけ見せてくださいとお願いしてみるのは、どうでしょう。
遠藤大輔 |
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