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<!--Generated by Squarespace Site Server v5.11.5 (http://www.squarespace.com/) on Fri, 30 Jul 2010 18:15:20 GMT--><feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>17年目の読書感想文</title><subtitle>17年目の読書感想文</subtitle><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/</id><link rel="alternate" type="application/xhtml+xml" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/"/><link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/atom.xml"/><updated>2009-02-07T21:44:20Z</updated><generator uri="http://www.squarespace.com/" version="Squarespace Site Server v5.11.5 (http://www.squarespace.com/)">Squarespace</generator><entry><title>「２１世紀の国富論」</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2009/2/7/519087266778.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2009/2/7/519087266778.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2009-02-07T21:33:30Z</published><updated>2009-02-07T21:33:30Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>ニューヨークに来て一月が経ちました。<br />自分なりに精力的に動き、<br />いろんな方にお会いして<br />たくさんの話を聞いて<br />毎日新聞を読んでニュースを見ています。<br /><br />大統領がかわり<br />議会では大掛かりな公的資金投入が審議されております。<br /><br />昔、雪かき会社にもぐりこんでいた時に知り合った仲間の多くは<br />トラックドライバーをしていますが<br />全米で200近い運送会社がつぶれたそうです。<br />物が売れず、モノが動かない状況が起きています。<br /><br />そういう文脈の中で<br />「２１世紀の国富論」を読みました。<br /><br />会社は誰のものか。<br />仕事ってなんなのか。<br />ここ数ヶ月考えていることに<br />丁寧な可能性を提示している内容です。<br /><br />思うに、人に先んじるのが資本主義経済の勝者なのかもしれませんが、<br />先んじる背後には必ず<br />遅れる存在が不可欠だということを忘れてしまったのかもしれません。<br />一等賞もビリも同じレースを走っているんです。<br /><br />人間関係が希薄な現在社会が形成されたと仮定して<br />それってつまりは<br />誰も彼も答えを急ぎすぎている社会なんじゃないかって気がしています。<br /><br />スピードは僕らが生きる社会のキーワード。<br />直線の道を時速200キロ以上のスピードで走ったことがありますが、<br />スピードが上がった世界では視界が極端に狭くなります。<br />そして気がつくと、遠くもまた見えなくなるんです。<br />そういう社会だから、未来の人類への関係も同様に希薄になって<br />極端に自己中心的な行動に走ってしまうのかもしれません。<br />CEOが企業の将来や社会への影響よりも<br />三ヵ月後の自分の評価と報奨金を最優先するように。<br /><br />レイプやドラッグ、妊娠に中絶なんかの悲劇が<br />矢継ぎ早におこる流行のケータイ小説が<br />「やっぱり大切なのは愛よね」と結論を急いで出したがるのは、<br />僕らもまた結論を急いでいるからなのでしょう。<br /><br />でも本当はね、<br />結論なんて出ない想いや関係の方が人間らしかったり愛しかったりするのに。<br />誰かを好きになったり、お付き合いを始める時に「結論を出す」なんていわないじゃない。<br />結論は時に「別れ」なのだから。<br />結論を急がない人生は、いろんなものを引きずって生きる人生のことだ。<br /><br />いつの時代から、引きずるってことがマイナスのイメージを持つようになったのか。<br />万葉の世界では、人は最後まで引きずったなにかを大切に生きている。<br />そんな世界のほうがずっと、僕には人らしい。男らしい。女らしい。</p>
]]></content></entry><entry><title>「その数学が戦略を決める」イアン・エアーズ</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/11/27/392167800493.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/11/27/392167800493.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2008-11-27T18:40:54Z</published><updated>2008-11-27T18:40:54Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>正直言って、この本を読んで感想文を書く気になんかなれないし<br />一人で感想文なんか書いているくらいなら、<br />この本について<br />ここに書いてあることについて<br />誰かと話がしたいのです。<br /><br />何度も読み返して、<br />どんどん眠れなくなっていきます。<br /><br />誰か読んだ人？<br />連絡待つ。<br /><br /><br /><iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=himitsukichio-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4163697705&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=FFFFFF&bg1=FFFFFF&f=ifr&npa=1" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe></p>
]]></content></entry><entry><title>Into the Wild</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/11/19/into-the-wild.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/11/19/into-the-wild.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2008-11-19T08:29:43Z</published><updated>2008-11-19T08:29:43Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>読書感想文って自分から書きたいって思って書くもんじゃない気がする。<br />誰かに書かされて書くものなのだ。<br /><br />その誰かが、<br />学校の先生でも、担当編集者でも、<br />コンテンツがアップされていないウェブサイトでも。<br /><br />書かされて書いた感想文のほうが<br />僕はなぜか信用できる。<br />大抵、逆だ思われているけども。<br /><br />ショーン・ペン監督の新作「Into the Wild」を観る前に<br />原作を再読しておこうと思って東京中の本屋さんで英語版を探した。<br />大学の時に一度読んでいたけど、<br />あの時は、英語で読む時間がなくて<br />その上お金もなくて<br />マンハッタンの紀伊国屋で<br />日本語版を半日立ち読みしたのだ。<br /><br />っていうことで、<br />英語版「Into the Wild」を探した。<br />ある意味でリベンジ的想いもあったわけで、<br />「Into the Wild」に関する感想文を書きたかった。<br /><br />なのに、この感想文（というか、多分その体裁すら保てていないもの）は<br />「Dispatches from the Edge」という<br />アンダーソン･クーパーの著書に関してへと<br />大きく変更することになってしまった。<br /><br />クーパー氏はCNNのアンカーマン。<br />多分、現在のアメリカのTVジャーナリストとしては<br />特筆して有名で人気がある人だ。<br />クーパー氏が参加する講演会やフォーラムはチケットが手に入らない。<br />（もともとあんまり参加しないし。）<br /><br />「Dispatches from the Edge」はクーパー氏の自伝であり<br />特派員としてのレポートである。<br /><br /><br />戦争や内戦を人災。<br />地震やハリケーンは自然災害だとして。<br />どちらにしても、<br />災害現場に身を置くことで自らの「生」や<br />家族の「死」を感じてきた著者の言葉と言葉の間。<br />いわゆる行間に込めたってほど隠されてもいない、<br />案外おおっぴらな事実の数々。<br /><br />例えば、<br /><br />人の死はいうほどドラマチックなんかじゃないってこと。<br /><br />誰かの死を、<br />ドラマチックに描き、<br />伝えているのは、<br />感じているのは、<br />カメラであり、<br />言葉であり、<br />つまりは人であるってこと。<br /><br />災害と死のあふれた社会は混沌としているけど<br />同時に日常でもあるってこと。<br /><br />残酷な少年兵は被害者か加害者かって問題みたいに<br />単純な答えなんかないってこと。<br /><br />全ての死が、全ての悲劇が、僕たちにとって平等に悲しいわけじゃないってこと。<br /><br /><br /><br />家族の死と災害現場の無数の死をいったりきたりしながら<br />たぶん、ジャーナリズムの極みと限界が<br />この本には築かれている。<br />人の言葉は発せられた瞬間に死んでいるって。<br />すっごく逆説的で矛盾したことを<br />あっさりと書いちゃっています。それって脱帽です。<br /><br /><br />で、<br /><br />「Into the Wild」の主人公は死んで言葉を失った若者だと思っていた。<br /><br />でも、「Dispatches from the Edge」を読んだ時、<br />その主人公は著者であるアンダーソンなのか、<br />それとも彼が見つめた無数の死者たちだったのか、<br />正直わからなかった。<br /><br />そうであるならば、「Into the Wild」の主人公もまた、<br />登場する全ての死者たちなのかもしれない。<br /><br />いやもっと言えば、<br />言葉が発せられて瞬間に「死ぬ」ものであるならば、<br />本当は旅の終わりに社会復帰という名の「再生」を果たす筈であったかもしれない<br />クリス・マッカンドレスについて、<br />そしてその彼を襲った最終的なんだけど読み始めて直ぐに知らされる死について、<br />そして他の者の死について、<br />尋ねられた人が語る全ての「死んだ言葉」もまた<br />物語の主人公だったのかもしれない。<br /><br />この本の中に横たわる無数の屍。<br />その有り様から目をそむけずにいるのははっきりいって難しいぞ。<br /><br />だから、読み終えて、救いや慰めをドラマチックに描くのもまた、人。<br />ショーン･ペン監督の最大の功績は<br />人として抱く、当たり前の願望から逃げなかったこと。</p>
]]></content></entry><entry><title>４分間のピアニスト</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/5/31/483971752334.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/5/31/483971752334.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2008-05-31T04:17:43Z</published><updated>2008-05-31T04:17:43Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p><span class="full-image-float-none"><img style="width: 247px; height: 314px" alt="piano.jpg" src="http://www.creative-platform.com/storage/hiro-image/piano.jpg?__SQUARESPACE_CACHEVERSION=1212211717908" /></span><br /><br />映画を見に行って大笑いしたり<br />大粒の涙を流したりすることがある。<br />安くない料金を払って二時間の娯楽を買うのだから<br />泣けたり笑えたりする映画に出会えるのは重要だ。<br /><br />主人公のジェニーを演じた<br />ハンナー・ヘルツシュプルングという若い女優の<br />演技がとにかく圧巻だった。<br />こんなに混乱した役を<br />ここまで真っ直ぐ逃げずに表現できるのである。<br />その一点だけでもこの映画は見る価値がある。<br /><br />劇中で流れる全ての音楽は文句なしにすばらしいものなのに<br />この作品はけして「音楽とはすばらしい」なんて言っていない。<br />なんというか、二人の天才が交じり合おうとして<br />けして交じり合うことのない世界では<br />そんなに安易なテーマを描いていないのだと思う。<br /><br />ドイツですごい映画が作られたと聞いて<br />のこのこと映画館に出向いて行った僕は<br />ただただ言葉を奪われてしまった。<br />この作品を見て、<br />もし涙が流れるとしたら<br />それは言葉を奪われた、その後だと思う。<br /><br />「<a href="http://4minutes.gyao.jp/top/" target="_blank">４分間のピアニスト</a>」<br /></p>
]]></content></entry><entry><title>「雨の木」を聴く女たち</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/3/29/211049669739.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/3/29/211049669739.html"/><author><name>Pinako</name></author><published>2008-03-29T16:29:48Z</published><updated>2008-03-29T16:29:48Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>という短編集を読んでいます。（著者：大江健三郎）<br /><br />めったに小説等を読まない私がなぜこの一冊を読んでいるかというと<br />今弾いている日本人作曲家：武満徹さんの「雨の樹素描」という曲のタイトルは<br />ここからきていると先輩が教えてくれたからです。<br /><br />マンハッタンの紀伊国屋では在庫切れだったので日本からとりよせました。<br />父が送ってくれたそのカバーがなんと<br />新宿の紀伊国屋のカバーだったのは<br />それはそれで偶然だなあと。<br /><br />雨の木はハワイにあって<br />指のはらくらいの葉っぱがたくさんついてて<br />真夜中にふった雨がその葉っぱにたまり<br />そして少しずつその水が地面におちていく感じ。<br />しずくのような感じ。<br />次の日の昼間まで水分を確保できるというのです。<br />晴れたハワイの木の中でその木のまわりだけは<br />いつも湿っている。<br /><br />このミステリアスな雰囲気をもつ真夜中の木と<br />葉っぱが風に吹かれてなんかうなってるような感じの音と<br />水がしたたり落ちる音がたくさん入ってるんです。この曲には。<br /><br />でもまだよく分からないのは<br />なぜこの曲（雨の樹素描Ⅱオリビアメシアンの追悼記念のために書かれた曲）の<br />タイトルに雨の木が選ばれたのか。<br /><br />武満さんと大江さんはお友達だったそうです。<br />理由はそれだけではないよね。もちろん。<br /><br />大江さんのこの短編集を読んでいると<br />「人が死に向かって生きている」<br />という表現が何度も使われています。<br />なんてネガティブな人だろって最初から思ってたんだけど<br />あることを思い出したの。<br /><br />何年か前にガンの治療を受けていたある友人が<br />「死を身近に感じる」って言ってた。<br />重い言葉だなってその時思った。<br /><br />昨夜ぴなこの叔母が病気で亡くなりました。日本からの連絡でした。<br />先週叔母を姿を見た母が<br />「自分がもうすぐ死ぬというのを知るというのは。」って<br />言葉につまったのをふと思い出した。<br /><br />この作者もものすごく死のことを考えている。<br />そして雨の木。水の音を鳴らしながら生きている。。<br />そんな対比？かなああ。<br /><br />よくわかんない。<br />もうおしまい。</p>
]]></content></entry><entry><title>「蜻蛉日記」—藤原道綱母</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/2/28/657663285574.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/2/28/657663285574.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2008-02-28T16:57:30Z</published><updated>2008-02-28T16:57:30Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>長いこと、女性の書いた随筆を何度も読み返すことは、<br /> 僕にとって最高の社会勉強だった。<br /> <br /> 一読したところで<br /> すんなりと頭にも心にも入ってこず<br /> 「分からない」ことが快感だったのだ。<br /> <br /> 幼くてもやはり「男」であった僕にとって<br /> 女性の綴る言葉は<br /> どんな数学の問題よりも難解で<br /> 同時に関心をひかれるものだった。<br /> <br /> 女流文学への目覚め以前、<br /> 読書をしていて「分からない」という観念が<br /> 自分の知的世界にそびえる壁となって<br /> 僕をデットエンドの恐怖へと煽っていた時期があった。<br /> <br /> 女流作家を楽しめるようになったのは<br /> もう少し読書力とよばれるような<br /> 文章を噛み砕くあごの力がつくようになった頃だ。<br /> <br /> 「分からない」にも、<br /> 諦めずにあがくと<br /> 違う広がりもった抜け道が十分存在していて<br /> その見えない世界を手探りで進む面白さに<br /> 魅せられていった。<br /> <br /> そんな読書人としての（僕は万人がある種の読書人だと思っているのだが）<br /> トランジッションを迎えた学童期に<br /> 僕が出会えた女流作家の数など高が知れていたが<br /> それでも、壇ふみ、吉本ばなな、向田邦子、<br /> 宮部みゆき、紫式部などといった<br /> 一流の書き手の世界に触れられたことは<br /> 今でも僕にとっては宝石のようにキラキラ光る原体験になっている。<br /> <br /> 元来、質の伴わない読書は<br /> 穴の開いた桶のようなもので<br /> どんなにそそいでも水はたまらず<br /> 大した役にたちはしない。<br /> <br /> そういった意味では、<br /> 当時の僕がであった作品の多くは<br /> 今読み返しても非常に質の高い作品ばかりで、<br /> 生きていて、書いていて、悩んだ時に<br /> 冷えた水を僕にぶっかけえうようにスカッとさせてくれる。<br /> <br /> さて、そんな多大なる女流作家への尊敬の念をこめて<br /> 今回紹介させてもらう一冊は<br /> 日本文学史上で女流作家の先駆けと目されている作品だ。<br /> <br /> それが、藤原道綱母の「蜻蛉日記」である。<br /> <br /> この本はえらく古い時代の一冊なのだが、<br /> 現代人が読んでも<br /> 心に響いていくる言葉で溢れているという<br /> いわゆる上質の古典なのです。<br /> <br /> 僕が「蜻蛉日記」を初めて手にしたのは高校２年生の時だった。<br /> 当時僕は、学校の音楽科の友人に頼まれて<br /> 文化祭で演じる芝居の台本を書いていた。<br /> その際、なにかの参考にと街の本屋で手にとった和歌全集の中に<br /> 筆者の詠んだ一句が収まっているのを見つけたのが<br /> 「蜻蛉日記」との出会いの切っ掛けだったのだ。<br /> <br /> その全集にはこんな一句が含まれていた。<br /> <br /> 「なげきつつ独りぬる夜のあくるまはいかに久しきものとかはしる」<br /> <br /> 非常に有名な歌で、百人一首にも含まれている。<br /><br />僕自身は、当時も今も和歌に関する知識などほとんど皆無だが、<br /> 言葉と言葉が繋がって伝える情報の向こう側に<br /> 確かなエモーションが人の心に根を張って<br /> 長い歳月を生き抜いていた。<br /> <br /> 歌の意味は<br /> 「嘆きながら独り寝て過ごした夜が明けるまでの時間は<br /> どれほど長いものか、あなたは御存知でしょうか」というもの。<br /> <br /> こんなせつない歌が他にもたくさん収められている「蜻蛉日記」とは<br /> 筆者が夫との結婚生活や夫のもうひとりの妻との競争、<br /> また夫に次々とできる妻妾のことや自身の旅についてのくだり、<br /> そして自身の母の死にたいする耐え難い孤独感などを綴ったものだ。<br /> <br /> 寂しさを<br /> 歌に詠むことでしか<br /> 解き放てなかった一人の女性の日常を読み解く時、<br /> 壮大でつかみどころの難しいな人類史などというものが<br /> 身近なものとなって迫ってくる。<br /> <br /> 無論、現代文になれた身にとって<br /> 読み通すにはそれなりに努力と時間が求められるだろうが、<br /> 解説書を並べてでもぜに読んで貰いたい。<br /> <br /> 千年の時を越え<br /> 日本の女性が届ける<br /> 言葉のみずみずしさとはかなさに<br /> 日本語の素晴らしさを<br /> 再確認させられるはずだから。</p>
]]></content></entry><entry><title>「深夜特急１−香港・マカオ」−沢木耕太郎</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/2/19/002451827281.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/2/19/002451827281.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2008-02-19T22:07:59Z</published><updated>2008-02-19T22:07:59Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>香港に行かれたことがあるだろうか？ <br /> <br /> とある航空会社の路線増設記念パティーの席上で、 <br /> 五十前くらいと思われる英国の海外特派員に<br />そう尋ねられたことがあった。 <br /> あれは確か、記者会見前の席取り後のことだったと思う。 <br /> <br /> 僕が答える前に、 <br /> 反対側の席にいた若いアメリカ人記者が <br /> 「それは中国返還後のことか」と聞き返した。 <br /> <br /> 欧米の文化圏では時々、 <br /> ウィットに富んだ会話の応酬を楽しむ大人の時間 <br /> みたいなものが存在するようで、 <br /> 僕みたいに英語も苦手なら <br /> ウィットのかけらも持ち合わせていない<br />僕のような日本男児となると <br /> ただただ目を泳がせて<br />連中の話に耳を傾けるだけになってしまう。 <br /> <br /> だからこの時も、特派員の男が <br /> 単に香港旅行をしたことがあるかと<br />訊きたかったのではないのは明らかだったのだが、<br />上手く答えられずに戸惑ってしまっていた。 <br /> アメリカ人の記者が「中国返還のことか」と尋ねたのも <br /> 相手が英国人だったからであり <br /> それはなんというか<br />非常に巧みなネタフリだったのだろう。 <br /> <br /> 特派員の男はまだ僕を見ながら <br /> 「いや、香港の歴史を<br />本当の意味で区切るのは返還の時じゃないですよ」 <br /> と言った。 <br /> <br /> 僕らは航空会社の記者会見にきているのだ。<br /> 僕は自信があったわけではないが<br /> <br /> 「新しい空港ができてからの香港にしか<br />行ったことがありません」と僕は答えた。<br /> <br /> 正式名称は「香港国際空港」。<br /> 広く、明るく、風通しの良く、清潔で、<br />市内との接続交通機関に便利な香港の顔だ。<br /> <br /> 「そうか、じゃぁ、あの古い空港のランディングを<br /> 経験したことがないんだね」<br /> と彼は笑った。<br /> <br /> 「閉鎖の時はまだ高校生でしたから」<br /> と僕は答えた。<br /> <br /> 「あの時の高校生が今は同業者か。<br /> まったく齢は取りたくないものだ。<br /> しかし、あれだね、遅れて生まれてくる<br /> というのもまた時には不運なことだね」<br /> と彼は少しだけ誇らしげにそう言った。<br /> <br /> 本当にその通りだなぁと<br />僕はその英国人を見つめながら<br /> いたく納得してしまった。<br /> <br /> 僕らの短い会話を聞いていたアメリカ人記者は<br /> 終始チンプンカンプンという顔をしていたが、<br /> 直ぐに知り合いのカメラマンを目に留めたらしく<br /> どこかへ消えていった。<br /> <br /> 98年の新空港開港に伴い、<br /> 当時世界一着陸が難しいと有名だった<br /> 香港の「啓徳空港」は閉鎖されてしまった。<br /> <br /> 香港市街地のそばにあった旧空港は、<br /> 着陸のために大きく機体を傾けつつ香港市街地上空を旋回し、<br /> そして中心部のビル群すれすれの高さを飛行して着陸する<br /> 「香港アプローチ（香港カーブ）」が有名だった。<br /> <br /> 特派員の男性の話では、<br />問題なく無事降り立ったときには、<br /> 乗客全員から自然に拍手が湧き出るような<br /> 世界でも珍しい空港だったそうだ。<br /> <br /> 僕は今でもそんなジェットコースターのような<br />ランディングで訪れる香港を<br />知らないことが残念でしかたがない。<br /> なぜなら、香港は、<br />中学生だった僕が「深夜特急」の中でに出会った<br /> 記念すべき最初の異国だったからだ。<br /> <br /> <br /> 全六巻の<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%B7%B1%E5%A4%9C%E7%89%B9%E6%80%A5%E3%80%881%E3%80%89%E9%A6%99%E6%B8%AF%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%AB%E3%82%AA-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%B2%A2%E6%9C%A8-%E8%80%95%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/4101235058/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1203512916&sr=1-1" target="_blank">「深夜特急」</a>は、<br />二十代半ばのまだ何者でなかった著者が <br /> 一年半をかけて行った<br />ユーラシア大陸横断の旅の記録である。 <br /> <br /> と書いてしまえば<br />なんてことはない私小説みたいに聞えてしまうが、 <br /> ようは、どれだけ多くの読者がこの本を読んで <br /> 旅に憧れ、また、旅に出て行ったか <br /> という読後の事実にこそ真の意味があるのかもしれない。 <br /> <br /> 十代の早い時期から極度の沢木マニアとなった僕が <br /> 今でも一人旅にはまっているのは間違いなく <br /> 「深夜特急」の影響である。 <br /> <br /> これといった目的も終着点も帰国の時期も決めずにふらっと <br /> 長い旅に出る。 <br /> <br /> 一つの町や国に留まるにしても <br /> 足早に地図の上を走る抜けにしても、 <br /> 旅人は大抵、興奮、無関心、焦りの <br /> 三つの精神的ステージを通過することになる。 <br /> <br /> ステージが移り変わる境界線は <br /> 旅が長くなればなるほど顕著に旅人の心に現れる。 <br /> <br /> 今回あえて長い「深夜特急」シリーズの第一巻を選んだのも<br /> その心のステージに多少の関係があるためだ。<br /> 香港とマカオでの滞在を書いたこの第一巻の中で<br /> 著者はまだ「興奮」の中にいる。<br /> 初めての異国に、香港という都会に興奮しているのだ。<br /> <br /> 長いの旅の中で<br /> どの時期がもっとも幸福なのかというやくざな問いに<br /> 絶対な答など存在しないだろうが、<br /> 旅に出る前夜へ誰かに勧めるとしたならば<br /> やはり、第一巻の興奮の世界を<br />まず味わってもらいたいと思う。<br /> <br /> もう、あのビルすれすれを飛ぶ<br />香港には出会えないならば<br /> よけいに興奮したいじゃないか。</p>
]]></content></entry><entry><title>ボーン・アルティメイタム</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/1/30/455374149813.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2008/1/30/455374149813.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2008-01-30T23:24:03Z</published><updated>2008-01-30T23:24:03Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>人生で最も暇で、毎日のように映画を見ていた高校時代。<br />アクション映画を見終わって映画館から出てくる度に、<br />自分も少しだけ強くなっているような勘違いに陥ったのを覚えている。<br /><br />ヤクザ映画を見れば肩で風を切って歩き、<br />法廷物の後には必ずと行っていいほど<br />駅ビルの紀伊国屋で六法全書を探した。<br />当時の僕は、どうも映画の主人公になりきってしまいやすい、<br />ある意味ではもっとも純粋に映画を楽しめた<br />幸せな時代を生きていたのかもしれない。<br /><br />諜報員として天才的な能力を持ってしまった主人公ジェイソン・ボーンが、<br />失われた記憶を取り戻すために疾走するこの作品は、<br />ここ数年で見たハリウッド製作のアクション映画としては<br />ほぼ最高の出来なのではと思わせる完成度である。<br /><br />主人公がモスクワで当局に追われるオープニングから、<br />自分の過去を消し去り完璧な暗殺者へと改造した黒幕達へと<br />肉薄していくクライマックスまで、その緊張の糸が緩むことはない。 <br /><br />これほど説明的な会話の少なく、<br />それでいて見ている側にストーリーに<br />微塵のぶれも不条理を感じさせないのは、<br />シリーズ三作目となる本作品に至る過去の二作で、<br />ジェイソン・ボーンという男の能力の凄さを<br />僕らが何度も目の当たりにしてきているからだろう。<br /><br />また、あえて本作品において、<br />そこに疑いの余地を残さないまでのリアリティーが構築されていたとしたら、<br />それはつまりマッド・デイモンという非凡な役者が<br />単なるアクションスター的な演技から、<br />最強の諜報員へと「成長」することに成功しえたからだろう。<br /><br />シリーズ化された過去の映画の多くをとってみても、<br />後期の作品が初期作の出来を超えることがどれほど困難かが伺える。<br />その中で、本作品がシリーズ最高傑作となりえたのは、<br />作品中では三年とされる時間の経過が、<br />実際には第一作が製作されてから本作品までに<br />五年の月日が流れていたからなのかもしれない。<br />すなわち、製作者側はあらかじめ、<br />マッド・デイモンという若い役者の肉体的、年齢的な成長を計算に入れた上で、<br />シリーズを製作にかかったのではないかと疑いたくなるほどということだ。<br /><br />アクション映画に感化されて飛び蹴りを真似て<br />部屋の壁に大きな穴を開けてしまったりしていた当時の僕が、<br />もしこの映画を見ていたとしたら&hellip;。<br />映画館を出て、暗くなりかけのあの懐かしいアーケード街を歩きながら、<br />はたしてどんな気持ちでどんなことを考えていたのだろうか。<br />きっと、憧れよりも絶望的な気分になっていたかもしれない。<br />それほどまでに、ジェイソン・ボーンという男は静かな迫力と説得力を持って、<br />マッド・デイモンの中に存在していた。<br /><br />そして、二時間そこそこの映画の中で<br />そんな「成長」に出会えるのは、ほぼ奇跡的なことなのだ。<br />それは、純粋に映画の世界に浸れた幸福な時代を過ぎた<br />僕のような人間にとっては、<br />映画館に足を運ばせるに足りる<br />最高の瞬間だと言っても過言ではない。<br /><br /><a href="http://www.bourne-ultimatum.jp/" target="_blank">The Bouｒne Ultimatiumより</a></p>
<p></p>]]></content></entry><entry><title>Viajamos Para Viajar</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2007/12/6/viajamos-para-viajar.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/2007/12/6/viajamos-para-viajar.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2007-12-06T02:21:55Z</published><updated>2007-12-06T02:21:55Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>一つの確かなことと、<br />それ以外は全て不確かなこと。<br />この世界はきっと、<br />そんな不恰好なバランスの上に成り立っている。<br />この映画を見る度に、不思議とそう思う。<br /><br />ちなみに、この作品が日本で封切られた当時<br />大学四年生だった僕は日本にいた。<br />満席の映画館を出た後に<br />蒲田のニーハオという中華料理屋で<br />ビールとやたら美味い餃子をたらふく流し込んだ記憶がある。<br />研修とは名ばかりの奴隷的な労働の日々にあって、<br />一つの確かなこととは<br />自分の生きる場所がここではないという<br />ちっぽけな現実だけだった。<br /><br />ロードムービー、モーターサイクル・ダイアリーズの主人公、<br />喘息持ちの医大生エルネストは後のチェ・ゲバラである。<br />でも、恋人に子犬をプレゼントしたり、<br />病気の老婆に自分の喘息用の薬を渡す青年は<br />革命家でも英雄でもＴシャツのプリントデザインでもなく<br />一人の繊細な旅人にすぎない。<br /><br />怪しい友人との危険で無計画な旅に反対していた父親が<br />旅立つ直前、息子に伝える。<br />「私がもうすこし若ければ、あのバイクにまたがっている」と。<br />大雑把な旅は若者の特権なのかもしれない。<br />若さとは知らないというこで、<br />そしてそれは往々にして、知りたいという欲望に通ずるのだから。<br />バイクにまたがる青年は、なによりも南米の、<br />分断された大陸の現実を知りたかった。<br />知った先で、世界がどんなふうに自分を変えてしまうのか。<br />その怖さを知らない無鉄砲さがなければ、<br />行き当たりばったりの旅なんかには出れやしない。<br /><br />娯楽としての映画は、<br />二時間もすれば暗転が上がって<br />それらしい結末を用意してくれるべきものならば、<br />この作品にはわかりやすい「答え」のようなものは存在しない。<br />たぶんそれは、人生がなかなかそう簡単には終わらない代物である証拠だし、<br />それはそれで一つのエンターテイメントなのだろうとも思うわけだ。<br /><br />短い感想文の最後にこんな話。<br /><br />チリの砂漠を徒歩で越え、<br />鉱山を目指す主人公たちは道中<br />一組の夫婦に出会う。<br />共産主義者であるが故に故郷を追われ、<br />警察の目から逃れながら転々とし、<br />今、夫婦は職を求め銅山を目指して旅をしている。<br /><br />夜、砂漠。<br />焚き火の小さな炎越しに妻が尋ねる。<br />あなたたちも仕事を求めて銅山へ向かっているのかと。<br />エルネストは「違う」と答え、<br />妻は「じゃぁどうして旅を？」と聞く。<br /><br />必死に現実を生きる人からの、真っ当すぎる質問に、<br />見ているこちらが戸惑ってしまう。<br /><br />でも、主人公は真っ直ぐに相手を見つめてこう答える。<br />「Viajamos para viajar. （we travel for travle/旅をするためにです）」<br /><br />その答えに夫婦は一瞬戸惑うが、<br />「旅の無事を祈っている」と伝える。<br /><br />映画の感想としてはどうなのかわからないが、<br />一人の旅人の、人生の記録を<br />贅沢に凝縮した映画にして垣間見させていただいたという意味では、<br />僕はこのシーンが一番忘れられない。<br /><br />なんと言ってもこの時の役者の瞳がすばらしい。<br />そこには、一つの確かなことと、<br />それ以外は全て不確かなことしか映ってはいないのだ。<br /><br />The Motorcycle Diariesより</p>
]]></content></entry><entry><title>アルゼンチンバナナ</title><id>http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/418980020498.html</id><link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.creative-platform.com/17-dokusyokansoubun/418980020498.html"/><author><name>佐藤寛孝</name></author><published>2007-09-11T17:37:23Z</published><updated>2007-09-11T17:37:23Z</updated><content type="html" xml:lang="ja-JP"><![CDATA[<p>ありえそうでありえない現実というやつが<br />とつぜん自分の人生に降って湧いたら<br />君やぼくはどれだけ柔軟に<br />そんな世界と向きあえるのだろうか。<br /><br />主人公は友人から、<br />自分の父親が近頃、<br />街で有名なアルゼンチンババアの家に<br />出入りしているらしいと聞いたとき、<br />笑う。<br /><br />よしもとさんって本当に上手い。<br /><br />そんなわけがない。<br />信じられない。<br />そんな気持ちの時、<br />僕らはまず笑う気がする。<br />大きな声で笑うと、<br />信じたくない現実が<br />気持ち嘘っぽくなるって知っているから。<br /><br />そういえば、<br />アルゼンチンって国を持ち出してくるあたりも<br />さすがはよしもとばななじゃない？<br />知っているようで知らない国。<br />微妙な場所、<br />絶妙な距離感。<br />アルゼンチンにまで<br />わざわざきちゃったもんぼくなんか。<br /><br />物語は死からはじまり<br />不思議な再生のドラマが続く。<br />主人公の再生。<br />主人公の父の再生。<br />主人公の従兄弟の再生。<br />そして、新しい命の誕生があり、<br />また、死で終わる。<br />死から死で、<br />こんなに納得できる読後感も<br />よしもとさんだからなのかって思っていたが、<br />いやまてよ、<br />再生と死と誕生の順番は<br />こんなに単純ではないのかもしれない。<br /><br />子供の頃、<br />ぼくは観覧車が好きだった。<br />大きな観覧車。<br />あれに乗って<br />ぐるっと一周・・・してきても<br />やっぱりぼくらは<br />スタート地点で降ろされる。<br />そりゃまぁ、観覧車だもん。<br />どこにも到達なんかいたしません。<br />それなのに、<br />なぜか世界が少し違って見えた。<br />地球は丸いらしく、<br />ぐるぐるとまわっているらしいから、<br />まぁ、ぼくや君の<br />信じられないような現実も<br />ようは、観覧車みたいなもんです。きっと。</p>
]]></content></entry></feed>