「蜻蛉日記」—藤原道綱母
金曜日, 2月 29, 2008 at 1:57午前 長いこと、女性の書いた随筆を何度も読み返すことは、
僕にとって最高の社会勉強だった。
一読したところで
すんなりと頭にも心にも入ってこず
「分からない」ことが快感だったのだ。
幼くてもやはり「男」であった僕にとって
女性の綴る言葉は
どんな数学の問題よりも難解で
同時に関心をひかれるものだった。
女流文学への目覚め以前、
読書をしていて「分からない」という観念が
自分の知的世界にそびえる壁となって
僕をデットエンドの恐怖へと煽っていた時期があった。
女流作家を楽しめるようになったのは
もう少し読書力とよばれるような
文章を噛み砕くあごの力がつくようになった頃だ。
「分からない」にも、
諦めずにあがくと
違う広がりもった抜け道が十分存在していて
その見えない世界を手探りで進む面白さに
魅せられていった。
そんな読書人としての(僕は万人がある種の読書人だと思っているのだが)
トランジッションを迎えた学童期に
僕が出会えた女流作家の数など高が知れていたが
それでも、壇ふみ、吉本ばなな、向田邦子、
宮部みゆき、紫式部などといった
一流の書き手の世界に触れられたことは
今でも僕にとっては宝石のようにキラキラ光る原体験になっている。
元来、質の伴わない読書は
穴の開いた桶のようなもので
どんなにそそいでも水はたまらず
大した役にたちはしない。
そういった意味では、
当時の僕がであった作品の多くは
今読み返しても非常に質の高い作品ばかりで、
生きていて、書いていて、悩んだ時に
冷えた水を僕にぶっかけえうようにスカッとさせてくれる。
さて、そんな多大なる女流作家への尊敬の念をこめて
今回紹介させてもらう一冊は
日本文学史上で女流作家の先駆けと目されている作品だ。
それが、藤原道綱母の「蜻蛉日記」である。
この本はえらく古い時代の一冊なのだが、
現代人が読んでも
心に響いていくる言葉で溢れているという
いわゆる上質の古典なのです。
僕が「蜻蛉日記」を初めて手にしたのは高校2年生の時だった。
当時僕は、学校の音楽科の友人に頼まれて
文化祭で演じる芝居の台本を書いていた。
その際、なにかの参考にと街の本屋で手にとった和歌全集の中に
筆者の詠んだ一句が収まっているのを見つけたのが
「蜻蛉日記」との出会いの切っ掛けだったのだ。
その全集にはこんな一句が含まれていた。
「なげきつつ独りぬる夜のあくるまはいかに久しきものとかはしる」
非常に有名な歌で、百人一首にも含まれている。
僕自身は、当時も今も和歌に関する知識などほとんど皆無だが、
言葉と言葉が繋がって伝える情報の向こう側に
確かなエモーションが人の心に根を張って
長い歳月を生き抜いていた。
歌の意味は
「嘆きながら独り寝て過ごした夜が明けるまでの時間は
どれほど長いものか、あなたは御存知でしょうか」というもの。
こんなせつない歌が他にもたくさん収められている「蜻蛉日記」とは
筆者が夫との結婚生活や夫のもうひとりの妻との競争、
また夫に次々とできる妻妾のことや自身の旅についてのくだり、
そして自身の母の死にたいする耐え難い孤独感などを綴ったものだ。
寂しさを
歌に詠むことでしか
解き放てなかった一人の女性の日常を読み解く時、
壮大でつかみどころの難しいな人類史などというものが
身近なものとなって迫ってくる。
無論、現代文になれた身にとって
読み通すにはそれなりに努力と時間が求められるだろうが、
解説書を並べてでもぜに読んで貰いたい。
千年の時を越え
日本の女性が届ける
言葉のみずみずしさとはかなさに
日本語の素晴らしさを
再確認させられるはずだから。
佐藤寛孝 |
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