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木曜日
12062007

Viajamos Para Viajar



一つの確かなことと、
それ以外は全て不確かなこと。
この世界はきっと、
そんな不恰好なバランスの上に成り立っている。
この映画を見る度に、不思議とそう思う。

ちなみに、この作品が日本で封切られた当時
大学四年生だった僕は日本にいた。
満席の映画館を出た後に
蒲田のニーハオという中華料理屋で
ビールとやたら美味い餃子をたらふく流し込んだ記憶がある。
研修とは名ばかりの奴隷的な労働の日々にあって、
一つの確かなこととは
自分の生きる場所がここではないという
ちっぽけな現実だけだった。

ロードムービー、モーターサイクル・ダイアリーズの主人公、
喘息持ちの医大生エルネストは後のチェ・ゲバラである。
でも、恋人に子犬をプレゼントしたり、
病気の老婆に自分の喘息用の薬を渡す青年は
革命家でも英雄でもTシャツのプリントデザインでもなく
一人の繊細な旅人にすぎない。

怪しい友人との危険で無計画な旅に反対していた父親が
旅立つ直前、息子に伝える。
「私がもうすこし若ければ、あのバイクにまたがっている」と。
大雑把な旅は若者の特権なのかもしれない。
若さとは知らないというこで、
そしてそれは往々にして、知りたいという欲望に通ずるのだから。
バイクにまたがる青年は、なによりも南米の、
分断された大陸の現実を知りたかった。
知った先で、世界がどんなふうに自分を変えてしまうのか。
その怖さを知らない無鉄砲さがなければ、
行き当たりばったりの旅なんかには出れやしない。

娯楽としての映画は、
二時間もすれば暗転が上がって
それらしい結末を用意してくれるべきものならば、
この作品にはわかりやすい「答え」のようなものは存在しない。
たぶんそれは、人生がなかなかそう簡単には終わらない代物である証拠だし、
それはそれで一つのエンターテイメントなのだろうとも思うわけだ。

短い感想文の最後にこんな話。

チリの砂漠を徒歩で越え、
鉱山を目指す主人公たちは道中
一組の夫婦に出会う。
共産主義者であるが故に故郷を追われ、
警察の目から逃れながら転々とし、
今、夫婦は職を求め銅山を目指して旅をしている。

夜、砂漠。
焚き火の小さな炎越しに妻が尋ねる。
あなたたちも仕事を求めて銅山へ向かっているのかと。
エルネストは「違う」と答え、
妻は「じゃぁどうして旅を?」と聞く。

必死に現実を生きる人からの、真っ当すぎる質問に、
見ているこちらが戸惑ってしまう。

でも、主人公は真っ直ぐに相手を見つめてこう答える。
「Viajamos para viajar. (we travel for travle/旅をするためにです)」

その答えに夫婦は一瞬戸惑うが、
「旅の無事を祈っている」と伝える。

映画の感想としてはどうなのかわからないが、
一人の旅人の、人生の記録を
贅沢に凝縮した映画にして垣間見させていただいたという意味では、
僕はこのシーンが一番忘れられない。

なんと言ってもこの時の役者の瞳がすばらしい。
そこには、一つの確かなことと、
それ以外は全て不確かなことしか映ってはいないのだ。

The Motorcycle Diariesより

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