最終回:終わらない就職活動
土曜日, 2月 10, 2007 at 6:29午前
仕事帰りに、マンハッタンにある美大の卒業展覧会に立ち寄った。フライングマシーンでインターンをしている日本人の学生が、自分の作品も出展されているので是非、と勧めてくれたのである。非常に独創的な着眼点で常識を上手に外した作品や、心に直接訴えかけるメッセージ色の濃い作品、また思わず笑ってしまうユーモラスな作品など、学生とはいえ非常に完成度の高い作品が多く、とても良い刺激を受けることができた。
精一杯作り込まれた作品を一つ一つ眺めながら、ふと自分の卒業制作を思い出した。学生生活最後の年、出版社で週三日インターンをし、ついでに週末のほとんどをボランティア活動につやしながらの卒業制作、正に死物狂いの一年であった。夜中の2時前に寝れることはなく、週に一度は必ず徹夜だった。食事は「とにかく食べられるときに食べておく」というサバイバルスタイルで、ほとんどの食事を行きつけの中華料理屋のテイクアウトですませていた。最後には、僕の顔を見るだけで、ビーフ・ウィズ・ブロッコリーが出て来てくるようになったぐらいである。周りを見ている余裕は無く、学生ライフを楽しむ暇も無く、ただ卒業制作のことだけを考えていた。そうやって、一年の終わりに、なんとか12ほどの作品を完成させることができた。
もちろん、どんなに素晴らしい卒業制作ができたとしても、それでプロのデザイナーとして生活してゆけるとは限らない。正直、卒業するより就職するほうがずっと難しい。実際、卒業制作はそのまま就職活動の準備であり、卒業制作が終ればすぐに就職活動が始まる。大きなポートフォリオケースに自分の作品を詰め込み、勇気を振り絞って広告代理店やデザイン事務所のドアをノックする。そして、卒業制作の評価は、「採用」か「不採用」かでいとも簡単に下されてゆく。それは、大学の教授たちによって下される哲学的な評価よりもずっとシビアに、そして歴然と、自分のデザイナーとしての価値を教えてくれる。
ちなみに、前述した卒業展覧会の案内を見てみると、コミュニケーションデザイン科だけで、今年80名以上の学生が卒業するようである。グラフック(コミュニケーション)デザイン科のある学校が、マンハッタンだけでも幾つかあることを考えると、毎年どれだけの学生がデザインの仕事を求めてマンハッタンの街を歩き回ることになるのだろうか。黒いポートフォリオケースを抱えた学生が、街中に溢れているところを想像すると恐ろしい。
就職活動は、それ自体、一仕事である。これまで何度か就職活動を経験してきたが、こればかりはどうしても好きになれない。面接ではいつも余計な事ばかり口走り、タイミングを間違っては貧乏くじを引く。300倍近い倍率をくぐり抜け三次面接までたどり着いたものの、結局いつまでたっても「採用」の通知がこなかったときはさすがに落ち込んだ。面接のときの服装が堅すぎたのか、やっぱり笑えないシュールな冗談がいけなかったのか、と暫く暗い気持ちで過ごしたものである。そこで、独立すれば就職活動から解放されるのではと思い立ったのが運の尽きで、今では新しいクライアントやプロジェクトを探し、常に就職活動をしているような状態である。脈のありそうな会社にポートフォリオを送り、夜を徹してプロポーザルを書く。どうやら、仕事を探すのも、デザイナーの仕事の一部なのだと開き直るしかないようである。
遠藤大輔 |
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