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土曜日
2102007

第11回:幸せのデザイン

 

サンフランシスコで行なわれた友人の結婚式に出席した。午後の強い日差しの中、友人や親族たちにひやかされる二人は、これから始まる新しい生活に対する期待に大きく胸を膨らませ、今までで一番幸せそうだった。

結婚式の招待状をデザインすることがある。といっても仕事というよりは、友達や親族に頼まれるということがほとんどで、数えてみたら、実にこの一年間に3組の結婚式のために招待状をデザインしていた。他人の結婚式の招待状ばかりデザインしていて大丈夫なのか、と一抹の不安はあるものの、二人の門出を祝福できるのはやはり嬉しい。幸い今のところ、どのカップルもデザインを気に入ってくれているようである。きっと、デザインする側が結婚生活に対して希望を抱く独り身なのが良いに違いない。

結婚式の招待状のデザインは、大量に印刷される商業目的のブロシュアーやパッケージのデザインとは趣旨もだいぶ違う。友人の人柄をもう一度良く考え、その人にあった色合いや写真を慎重に選び、結婚式という人生最大級のイベントにふさわしいデザインを心がける。目的は、その招待状を受け取った人が、式に対する期待を膨らませ、是非式に参加して二人を祝福したいと思ってもらうことだ。

先日も弟の結婚式のために招待状をデザインした。アメリカと日本で離れて生活し、普段あまり話すことのない弟から結婚すると連絡があったのは式の半年程前のことだった。日本で行なわれる式の準備を直接手伝うことが出来ないということもあり、招待状のデザインぐらいなら、と自分から願いでた。正直、気心の知れた身近な人のために何かをデザインするのは、見知らぬ他人のためにデザインを考えるよりも難しい。特別アイデアがあったわけではない。それでも、兄として何か力になりたかった。

弟と約束した締め切りが迫るある日、一向にアイデアが浮かばず、苦し紛れにデジタルカメラを手にソーホーの街をぶらぶらと歩き回ることにした。何か面白い写真が撮れれば、良いアイデアにつながるかもしれない。僕は、ちょうど八分咲きの桜の木を見上げ、シャッターを押しながらふと思いついた。空の写真はどうだろう。

晴れわたった青空は喜びや愉しみを連想させる。遠足や運動会の朝、家族の誰よりも早く起きて、期待に胸を膨らませながら青空を見上げたのではないだろうか。青空は、結婚式だけでなく、それから始まる二人の新しい生活に対する大きな期待感を象徴しているようにも思えた。さらに、雲間からさす光は、多くの宗教画に見られるように、神聖で崇高な意味合いを持つ。それは結婚式という神聖な儀式にふさわしい。また青空は、若い二人の飾らない初々しさや、さわやかで開放的な雰囲気にぴったりである。なによりも、何の変哲もない空の写真をメインに使うのは、むしろ斬新なアイデアのように思えた。僕は、空の写真をできるだけ大きく見せることができるように、招待状を大きなポスターとしてデザインし、それを三回折り畳んで普通のカードサイズになるようにした。

青空の招待状を、若い二人はとても気に入ってくれた。梅雨明け前に行われた弟の結婚式は、あいにくの曇り空だったけれど、結婚式には大勢の人が集まり、若い夫婦を祝福してくれた。ただ、弟を眺める僕は、いつになったら自分の結婚式の招待状をデザインする日がくるのか、それだけが心配であった。

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