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土曜日
2102007

第10回:崖っぷちに咲くアイデア

 

一両日中にどうしても決着を付けてしまわなければいけないプレゼンがある。テレビ局のブランディングの仕事で、ニュース、スポーツ、そしてエンターテイメントに至るまでの映像をデザインしなければならない。しかしこの数日、作業ははかどるどころか正にどん詰まりである。思えば、プロジェクトの滑り出しから、いやな予感がしていた。ひと月ほど前にあった最初のプレゼンで波に乗れず、気を取り直して臨んだ二度目のプレゼンも鳴かず飛ばずであった。正直、今回すべるともう後がない。しかし、ここにきてクリエーティブディレクターの奥さんは産気づき、僕はといえば、今年に限って花粉症の直撃を受け、大きなくしゃみをしては同僚のひんしゅくをかっている。まさに崖っぷちである。

アイデアは湧かないのに、鼻水は止めどもなく湧いてくる。仕方がないので、気晴らしにソーホーをブラブラし、本屋さんでファッション雑誌をペラペラめくり、ギャラリーで写真をジロジロ眺め、角にあるパン屋でフルーツタルトをパクパクかじってみる。それでもやっぱりアイデアは浮かばない。そこで、さらなるインスピレーションを求めてネットで漫才を見てみる。しかし浮かんでくるのはアイデアどころか、「ネタを作るのもたいへんだろうな」という、 芸人さんへの同情ばかり。畑は違えど同じアイデア勝負の世界、笑えるどころか泣けてくる。ここまでくると立派な「現実逃避」、崖っぷちのぷちである。

しかし、言い訳がましいことを言えば、アイデアとはコンピューターの前にじっと座っていれば出るというものでもない。むしろ、それは本当にささいなきっかけで、デザイナーの前に姿を現すものである。スケッチブックに落書きをしている時、地下鉄に揺られている時、シャワーを浴びている時、それはひょっこり顔を出す。故にデザイナーは、そのささいなきっかけをたぐり寄せるために、必死にあの手この手を尽くすのである。

もちろん、アイデアが出るまで締め切りはまってくれない。それに、全てのデザインプロジェクトに画期的なアイデアが必要というわけでもない。実際、論理的に考え、順番通りに手順を進めてゆけば、しかるべきデザインがしかるべき時間をかけて出来上がる、という場合のほうが多い。しかしそれでは、そつないデザインはできても、心を揺さぶるようなものは決して生まれない。

故に、むしろ全く経験の無い分野のクライアント、初めは怖じ気づいて断ろうかと考えるぐらいのプロジェクトのほうが良いデザインを生むものである。とにかく何から手を付けてよいのかわからないので思いつく限りの手を尽くす。手にしたこともなかったような本を必死で読み、今まで使ったことのなかった脳の領域をフル回転させる。道をあるきながら、地下鉄にのりながら、シャワーを浴びながら、ただただそのことばかり考える。新しいアイデアというのは、そうやって勇気を出して未踏の地に足を踏み入れるときに得られる、新しい考えや出会いの中でこそ見つかるものではないだろうか。きれいな花は大抵、人を近寄らせない崖っぷちに咲いているものである。

必死の思いで原稿を書いていると、クリエーティブディレクターの奥さんが元気な女の子を出産したとの連絡が入った。ブランディングのプレゼンも、アイデアが見つかることを信じて、もう少し崖っぷちをウロウロしてみようと思う。

 

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